新潮文庫


ダブリナーズ
ジェイムズ・ジョイス、柳瀬尚紀/訳

アイルランドの首都ダブリン、この地に生れた世界的作家ジョイスが、「半身不随もしくは中風」と呼んだ20世紀初頭の都市。その「魂」を、恋心と性欲の芽生える少年、酒びたりの父親、下宿屋のやり手女将など、そこに住まうダブリナーたちを通して描いた15編。最後の大作『フィネガンズ・ウェイク』の訳者が、そこからこの各編を逆照射して日本語にした画期的新訳。『ダブリン市民』改題。

ISBN:978-4-10-209203-3 発売日:2009/03/01

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ダブリナーズ


 カーレースが終って After the Race

 車が次々とダブリン目指して突っ走ってきた。ネイス街道の腔綫に列なる弾丸さながらにすいすい走る。インチコアの丘の頂には見物人が鈴なりになり、帰り道を飛ばすそうした車を見守っていた。貧困と無為のこの道筋を欧州(コンチネント)がその富裕と精励を駆って行く。時折、群衆は唯々として虐げられたる者の歓声をあげた。しかしながら彼らの共感は青い車に向けられていた――つまり、フランス人という同志の車。
 しかもフランス人が制覇したのも同然だった。フランスチームはしっかとゴールを決めて二着と三着に入ったし、優勝したドイツ車のドライバーはベルギー人だという。だから青い車は丘の頂に上ってくるたびに倍の歓迎を受け、その歓迎の声がわき起るたびに車の面々は笑顔をふりまいたり頷いたりして応えた。そんな洒落た造りの車の一台に四人の若者が乗っていて、今やその昂揚ぶりはフランス人魂の勝利感をはるかに凌いでいた。実際、この四人の若者は一杯機嫌の浮かれようなのだ。四人とは、車の持主シャルル・セグアン、カナダ生れの若い電気技師アンドレ・リヴィエール、ヴィロナという大男のハンガリー人、そして念入りにめかしこんだドイルという若者である。セグアンが上機嫌なのは、思いがけなくいくつか予約注文が入ったからだ(もうじきパリで車の事業所を始める)。リヴィエールが上機嫌なのは、その事業所の支配人になるのが決っているからだ。この二人の若者(従兄弟同士)が上機嫌なのは、フランス車が好成績だったせいもある。ヴィロナが上機嫌なのは、昼食にたらふく旨いものが食べられたからで、おまけに生来の楽天家だからだ。しかし一行の四人目の若者は興奮の度が過ぎているので、純然たる幸福感にはひたっていない。
 二十代後半のこの人物は、柔らかな薄茶色の口髭を生やし、いささか世間知らずのグレーの眸をしている。父親は急進的な国民党員として世に出たが、早くに主義を変えてしまった。キングズタウンで屠牛人をして金を作り、ダブリン市内と郊外に店をいくつか開いて元手をしこたま殖した。警察関係の契約をいくつか手に入れるという運にも恵まれて、ついにはダブリンの新聞各紙で豪商と称されるまでの金満家になった。一人息子をイギリスへ遣り、大きなカトリック系のカレッジで教育を受けさせ、それからダブリン大学に入れて法律を学ばせた。ジミーは勉強には熱を入れず、一時はよからぬ方面に走ったりもした。金には不自由しないし、人気者だった。物好きにも、ひまさえあれば音楽仲間か車仲間と付合った。それから少しは世間を知るようにと、一学期間、ケンブリッジへ遣られた。父親は、息子を諫めながらも、内心では金のかかるのを得意になっていて、息子のつけを払い、そして家に連れ戻した。そのケンブリッジでセグアンに出会ったのである。まだ知合い以上の仲ではなかったが、ジミーはこの男との交友が楽しくて仕方なかった。なにしろ世間をそうとうよく知っているし、フランス最大級のホテルをいくつか所有しているという噂もある。こういう人物は知っておいて損はない(父親も同意見)、たとえセグアンのような人好きのする仲間でないにしても。ヴィロナも楽しい男だ――すばらしくピアノが巧い――しかし、残念ながら、非常に貧乏。
 車は浮かれきった若人たちを乗っけて陽気に走った。従兄弟同士の二人が前部座席に陣取り、ジミーとその友人のハンガリー人は後部座席。ヴィロナがたいへんなご機嫌であるのは間違いない。ここ数マイルの道中、太い低音でハミングのしどおしなのだ。フランス人二人は高笑いと軽口を肩ごしに投げかけてきて、ジミーはその早口の語句を捕まえるために前のめりにならなくてはならない。これは愉快とはいえなかった。ほとんどそのたびに意味を素早く察して、強風をまともに受けながら適切な返事をどなり返さなくてはならないのだ。おまけにヴィロナのハミングには気を散らされる。加えてまた、車のエンジン音。
 快速の空間移動は人を昂揚させる。評判高いこともそうだ。金を持っているというのもそうだ。これがジミーの興奮の三つのよき理由だった。この日、欧州のこの仲間たちといっしょにいるのを多くの友人が見ている。チェックポイントで、セグアンが一人のフランス人レーサーに紹介してくれた。まごつきながらもごもご挨拶すると、そのドライバーの浅黒い顔がきらきら光る白い歯並を見せた。そんな光栄のあとで、肘を突き合ったり意味ありげな目配せを交し合ったりする野次馬の卑俗な世界へ戻るのは愉快だった。それから金についていうなら――自分は巨額の金が自由になる。セグアンならたぶん巨額とは思わないだろうけれど、ジミーは、一時的にしくじりをやらかすことがあるにせよ内心は堅実な本能の後継者であるからして、それだけ貯めこむにはどれほど苦労するかをよく知っていた。それを知っているからこそ、以前から無茶をやらかしても出費はほどほどのところに抑えていた。そして、ほんの気まぐれから多少高尚なことを考えるときすら金に潜在する労働を非常に意識したとするならば、資産の大半を賭けようとする今、なおさらそれを意識する。これは彼にとって重大事なのだ。
 もちろん、これは有利な投資だった。そしてセグアンには、友達のよしみだからこそアイルランドの端金を会社の資本に加えてくれるのだという思いを抱きもした。ジミーは商売における父親の抜目なさを尊敬していたし、しかもこの場合、この投資を先に言い出したのは父親である。自動車商売は儲かる、しこたま儲かる。さらにまた、セグアンにはまぎれもなく富豪の雰囲気がただよう。ジミーは自分のおさまっている威風堂々たる車を日々の労働に換算してみた。なんと滑らかな走り! なんと派手に田舎道を素っ飛ばしてきたことか! この行路は純然たる生命の脈動に魔法の指をふれ、雄々しくも人間の神経組織は、快走する青い獣の跳躍する走路に反応しようとする。
 車はデイム通りを行く。通りはいつになく車馬の往来で混雑し、車のクラクションや路面電車の苛立つ運転手の鳴らす警鐘が喧しく鳴りひびく。アイルランド銀行の近くでセグアンは車を停め、ジミーとその友を降ろした。歩道に小さな人だかりができて、エンジンのうなる車に敬意を払う。一行はこの夜セグアンのホテルで晩餐をすることになっていて、その前に、ジミーは家に泊めている友人といったん帰って着替えるのだ。車はゆっくりとグラフトン通りへ走り出し、二人の若者はじろじろ眺める人の群れをかきわけて進んだ。二人が足を動かすことに妙な失望感を味わいながら北へ向って歩くうちに、夏の夕暮の靄の中、市は頭上に淡い光の球を次々と吊し始めた。
 ジミーの家には、この日の晩餐が大事件だと宣言ずみだった。ある種の誇りが両親の動揺に入り交じり、かつまた、それを軽んじようとするある種の意気込みもあった。外国の大都会の名には少なくともこういう効能がある。ジミーもまた、正装するとなかなかの男前になった。玄関を出がけに、礼装用ネクタイの蝶結びを左右均等にぴしっと決めたとき、父親は、めったに金では買えない品格を息子に確保してやれたことに、商売人の満足すら味わったろう。したがって父親はヴィロナに対してやけに気さくにふるまい、その物腰には外国人のたしなみに対する嘘偽りない敬意が表れていた。ところが主人の抜け目ない気配りもハンガリー人にはおそらく通じなかった。相手は晩餐を思って腹がきりきり鳴り始めていたのだ。

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