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しずかの朝
小澤征良

母が強引に進めた初めてのお見合いで混乱する私、しずか。かたや順風満帆の人生に翳りが見え始めた姉。問題を抱えた私たち姉妹は、横浜の古い洋館に住む老婦人と出会う。その館には、戦争と国を超えて生きた人々の豊かな人生があり、受け継がれてゆく永遠のひかりがあった――。小澤征良が時空を超えて紡ぐ書き下ろし長篇、誕生!

ISBN:978-4-10-306552-4 発売日:2008/11/28


| 1,470円(定価) |
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しずかの朝
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Chapter 1 ひ・と・り
――もうわかりました、わかりました、会うってば。
私の言葉を聞いた途端、母はぱっと顔を上げ、目を輝かせた。
「ほんとっ? やだ、お父さん、聞いた? しずか、やっと会う気になったわよ。当たり前よ、こんないい話、そうないんだから。気が変わらないうちに渕上さんに電話、電話っと」
濡れた手を割烹着の前で拭きながら、浮かれた調子の母は食卓をぱたぱたと離れた。おう、そうか、とだけ答えた父は新聞に目を落として背中を丸めている。テレビでは夜九時のニュースが始まったところだ。二人のキャスターがニュースの項目を読み上げている。
やれやれ……私だって動揺した。お世辞にも大きいとはいえなかったけど、まさか四年勤めた会社があんなふうに倒産するなんて誰が思うだろう。もうそろそろ一ヶ月になる。そりゃあ、私だってどうにかしなきゃ、と内心焦るに決まっている。今日も、同僚だった友人の紹介で会社訪問をしてきた。でも、何の感触も得られなかった。面白そう、とも、あるいは何かしらの緊張すらも。この後にいい連絡があるとも思えなかった。今日会った部長さんが探しているのは、たぶん姉のような人材だ。容姿端麗で英語も堪能な秘書。
最初の波が来たのは一昨年、二十三歳になったばかりのころだった。
その頃、「私たち、結婚しました」なんていうはがきが我が家へやたら届いた。顔を合わすたびに母は決まって同じことを繰り返すようになった。
「どうなの、あなた最近。仕事、仕事って仕事もいいけど、そろそろ、どうなのよ」
それは私の顔を見ると自動的に出てくる台詞のようで、パブロフのイヌみたいに正確だった。出社前の慌ただしい朝食の席で何回喧嘩をしたことか。乾いたトーストをコーヒーで流し込みながら、もう我慢できずにキレたことが数回はある。
「母さんっ。もういい加減にしてよ。そんなこと、今この瞬間に話したってしょうがないじゃないっ」
反撃したところで後味の悪さが残るばかりだった。母の方はぜんぜんメゲない。
「そんな事言っているとあなた、すぐにトシとっちゃうわよ。そうしたら、一生一人よ。ひ・と・り。こういうのはね、時期ってもんがあるのよ。あんたを心配して言っているんでしょうに。渕上のおばさまだって親身になってご紹介してくれるって言っているんじゃない。バチがあたるわよ。ちょっと、お父さんもなんとか言って頂戴っ!」
巻き込まれるのを恐れてか、父は母に加勢はしなかった。かと言って、私を助けてもくれなかった。大抵生ぬるい、あいまいな返事をするのだった。
「確かに母さんが言うように、しずかもそろそろ考えたほうがいいかもしれんしなぁ。でも、まだいいんじゃないかとも思うけれどなぁ」
終わりのほうにかけて声が小さくなる父の言葉を受けて、母はガソリンを注がれた火のごとく、再びまくしたて始める。
朝っぱらからなぜ早く結婚しないのかと責めたてられるほど、ウザいことはない。帰ってくるなり一も二もなしに「早く宿題やりなさいっ」と言われる子供じゃあるまいし。第一、ガミガミ言われてできることと、できないことがある。一人でできるなら、私だって結婚ぐらいさっさとしている。あのころは、家でのんびりすることが怖かったぐらいだ。食卓で母と顔を合わせると、表面では何事もない顔をしながら地雷を踏まないように母と私はそろりそろりと、イキの悪い会話をした。まったく、家の中での喧嘩にはごっそり体力を消耗させられた。
母がしつこく結婚を勧めるようになったのには、たぶん剛さんとのことがあったからだと思う。
事情が事情だったせいで混乱していた当時の私は、剛さんとのことを一度も口にしたことがなかった。いま考えると、あんなに好きで、私にとっては剛さんしか見えていない日々だったのに、よくも「そんな人は存在していないような顔」ができたものだ。剛さんと外泊する度に、私はいろんな嘘をついた。同僚のかすみちゃんと休みがとれたから温泉に行ってくる、とか。ミチと飲んでいたら朝になっちゃった、とか。もうよく思い出せないけど、毎回巧妙に嘘をついた。平然とした顔で嘘をつくことには多少の罪悪感はあったけど、剛さんと会いたい気持ちには勝てなかった。いま思えば、親には何も言わなくてもバレバレだったのだろう。こころがずたぼろになっていた二十二歳の娘の一年をすぐ脇で見ていて、親としてはある種の危機感があったと思う。当時の私はとてもじゃないけど、そんなことまで考える余裕なんてなかった。大きな問題をかかえて苦しいときに限って、親も向かい風のごとく私に当たってくるように感じた。
すれ違いによる気の遠くなる悪循環が、家の中で常にループしていた。
でも、やがて、母の口から結婚話が浮上しなくなり、それに比例して喧嘩も少なくなった。何を言っても「お見合いは私の主義じゃないからぜったいにイヤ」と言い張る我が娘にとうとう諦めがついたのか、お互い居心地よく生活するための知恵が多少なりともついたのか、私たちはいつの間にか喧嘩に発展しそうな話題を避けるようになった。私はひたすら目の前の仕事に集中した。
ちょうどそのころに姉が結婚した。
私より四つ上の姉の恭子は、学生の頃からいわゆる優等生だ。英文科を卒業した後に一年の奨学制度でイギリスに留学し、神谷町にある外資系の会社で重役秘書として働いていた。子供のころから頭がよくて、ぱっちりした目と整った顔立ちの姉は、どこをとっても、母自慢の娘である。
小さいころからよく言われたものだ。
「しずかもお転婆ばっかりしていないで、少しはお姉ちゃんを見習いなさい」
姉は小さな頃から、いつも自分がどう見えるかを冷静にわかっていた。大人たちはそんな姉を前に「なんて頭のいい小さな美人さんでしょう」とまぶしそうに口を揃えた。私はといえば、「もちろん、しずちゃんも可愛いわよねぇ」と慌てて思い出したように付け足されるのが常だった。姉は大人と一緒の席で、背筋をしゃんと伸ばし、大きな声も出さず、じっとしている。すると必ず、と言っていいほど大人たちは「まぁ、なんてお行儀のいい」と褒める。洋服だって、凜とした姉が着ると、子供服の宣伝のように可愛らしく、大人たちの目をひいた。私が同じワンピースを着せられても、もじもじと居心地悪く、自分がひどく滑稽に思えた。姉が褒められるたびに、胸の奥がちくりとした。私が姉への賛美が聞こえなかったふりをしてよそ見をすると、母に「しずかもちゃんとご挨拶なさい」と注意される。そんなとき、短いため息で答える以外できなくなった。言葉を発したら涙が出てしまいそうで、そんな事態は断固さけなくてはならなかったからだ。
姉にまったく嫉妬をしなかった、といったら嘘になる。いつの間にか私はお洒落とかエリート・コース、そんな姉の得意分野からは自分を遠ざけるようになっていった。姉の得意分野に足を踏み入れなければ、比較されることも少ないと、本能で知っていた。姉には勝てるわけがない。だから、さほど直接姉に対してあらがう気持ちが芽生えなかったのかもしれない。姉はいつも自信にあふれていた。でも、それは決して人に不快な思いをさせる類のものではなかった。子供でありながらしっかり構えた大人びた表情は、相手に好意と安心感を与えた。自分でいることにまったく無理をしていない感じ。その余裕すら見られる笑顔にたちまち大人たちは引き込まれた。もちろん私だって、いいな、と思った。でも、私はいつもそんな気持ちを飲み込んだ。ごく希に自分の中に溜まったものが些細な言葉をきっかけに爆発することがあった。母が如実に自分と姉を比較しているのを肌で感じる時、とか。
「いい加減になさいっ、本当にときどきあなたって何を考えているか、母さんには全くわからない」
最後にそう叱られると、何かがどうしようもない勢いで溢れ出し、私はトイレや部屋へ走っていって泣いた。しゃくりあげそうなのを押し殺すと、より一層惨めな気持ちになった。どっぷりと深い井戸の底に放り投げられたみたいで、自分がもどかしく、じたばたした気分に飲み込まれた。そんなときは真っ暗で深く湿っていて、誰もいない場所にたったひとりでいるような気がしたものだ。
大人になった今、私は化粧をほとんどしない。
大袈裟かもしれないけれど、化粧をしはじめたら、自分が自分でなくなってしまうような強迫観念すら持っている。化粧や流行に敏感な華やかな女の子たちとは少し違った生き方をしているのかもしれない。自分でも時々そう思う。でも、別にいいじゃん――大人になってそう思えるようになった時から、ずいぶん楽になった。

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