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ジーン・ワルツ
海堂尊

美貌の産婦人科医・曾根崎理恵――人呼んで冷徹な魔女(クール・ウイッチ)。人工授精のエキスパートである彼女のもとにそれぞれの事情を抱える五人の女が集まった。神の領域を脅かす生殖医療と、人の手が及ばぬ遺伝子の悪戯がせめぎあう。『チーム・バチスタの栄光』を越えるドラマティックな衝撃が
あなたを襲う!

ISBN:978-4-10-306571-5 発売日:2008/03/21


| 1,575円(定価) |
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ジーン・ワルツ
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一章 減数分裂
一月 帝華大学
セミロングの栗色の髪を揺らし、胸に教科書を抱えて廊下を急ぎ足で歩いていると、口笛の音がした。白衣姿の曾根崎理恵は、髪を揺らして一瞬、口笛の主を見るが、すぐに急ぎ足で教室に向かう。
三十過ぎて二年も経てば、二十代半ばでも通る、と言われても、それがお世辞か本音かを見破ることにばかり懸命になって、言葉だけを素直に受け取りにくくなってしまう。
月曜日、朝八時半。吐息が白く凍る。年明け直後の一時限目の授業は、気温だけでなく出席率も低い。
理恵は、この時期の講義が好きだった。相手は医学部一年生、二年の教養課程があるので大学暦では三年生。医学生の一大行事である解剖実習が終わり、教室には気の抜けた顔が並ぶ時期。博士号を取るために二年ほど在籍した基礎解剖学教室の恩師、三井教授から直々に発生学の講義担当を拝命して、今年で三年目。
階段教室の教壇に向かう。細い指でぽんぽん、とマイクを叩いて胸に装着。色白の顔を上げる。
定員八十名、出席者は十名と少々。出席率二十パーセント弱。今年の学生はまあまあ、そこそこ真面目な方ね。出席者は女子学生が多く、男子学生はわずか三人。出欠を取らない一コマには出席するだけで、評価Aをあげたくなる。
理恵が頭を下げ、学生たちが着席する。理恵が言う。
「今日から皆さんに発生学を教える曾根崎です。本職は産婦人科学教室の助教。専門は不妊治療です。発生学とは、産婦人科学に先行する学問領域で、一応別物、人が赤ん坊として生まれるまでの変化を勉強する学問です」
曾根崎理恵は教室を見回した。
「妊娠とは基本的に女性と子どもの出来事です。女性にとって妊娠とは医学ではありません、私の授業を理解することは、学問以上に大切なこと。未来の生活の、重要な基礎知識になります」
「では、男子は授業を聞かなくてもよい、ということですね」
野太い声。理恵は、男子学生に言って聞かせる。
「それでも構いません。男性という性が生物学的に妊娠という生物現象に関わる割合は、せいぜい一パーセント。でも、授業は一応受けておいた方がいいと思いますよ。あなたが将来、女性から必要とされなくなってもよいと考えるなら、別ですけど」
「金田、お前は授業を受けなくてもいいぞ」
教室内に笑いがこぼれる。男子学生は肩をすくめる。
「やっぱり受けます。未来の俺の奥さんのために」
理恵は言う。
「いい心がけ。その心根に免じて、私の試験問題を皆さんに公開しましょうか」
わっという歓声があがる。ノートを開く音。理恵は黒板に、チョークで書きつける。
――テスト問題
(1)妊娠から胎児までの発生の様子を詳述せよ
(2)不妊治療について記述せよ
書き終え、からりとチョークを投げ捨てた理恵は、くるりと振り返る。
「これが私が半年後に出す試験問題です」
理恵は淡々と続けた。
「本来発生学は基礎医学ですが、帝華大学では基礎と臨床の融合を目指すカリキュラムに従い、不妊治療専門の私が教えます。ですから不妊治療の話もします。発生学における異常の発現の一形態が不妊症ですからこの方が合理的なんです。発生学と不妊治療は、コインの裏表です」
理恵は黒板に、腕を伸ばして大きく丸を描いた。続いて手先だけで小さな丸。西瓜とその種くらいの違いがある。
理恵が教室を見回す。
「これが卵子と精子です。大きさには、これくらいの差があります」
理恵は続ける。
「医学的には、卵子と精子という生殖細胞が一つの細胞に融合するのが妊娠のはじまり。ふたり分の遺伝子をミックスする行為、それが受精です。受精により、23対46本の染色体が受精卵内部に再構成されるわけですが、その前に必要なステップ、それが減数分裂です」

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