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悶々ホルモン
佐藤和歌子
「煮込みにレバ刺し、ガツたれ焼き、それから熱燗一本、お願いしまーす」20代にして一人焼き肉常連の女子が、ホッピー片手に究極のモツ焼き屋を探して、昨日は立ち飲み、明日は老舗、そして今夜はどの店へ!? おいしくてヘルシー、オヤジにも女子にも人気の禁断の味。この本を道連れに、今日からあなたもホルモニアン!
ISBN:
978-4-10-313231-8
発売日:
2008/12/19
1,365
円(定価)
悶々ホルモン
部位1
女が一人で肉を焼くとき
ほるもんのうた
手ぶらで生きる動物の
はらわた旨し秋の空
レバ刺し一皿七十円
家賃は七万八千円
原稿一枚四千円
名前を持たない動物の
はらわた光る名月や
人一人いない野っ原で
食べることだけ考えて
死んだ前世の夢を見る
私を知らない動物の
はらわた探る一人旅
外道という言葉を遺し
あの日別れたあの男
肉を焼くのが上手かった
一人焼き肉常連です、と言っては編集者の同情を誘い、仕事を貰っている二十六歳独身女性ライターです。正直、ある店と出会うまでは、まさか自分が一人で焼き肉屋に行くホモサピエンス(メス)になるとは思いもしなかったのですが、来し方を振り返るに、来るべくして辿り着いてしまったと言うべきか。女が一人で焼き肉屋に行く時、それは、男に失望した時。同時に、女としての自分に失望した時なのです。
別に男嫌いなわけではないのですが。日々の生活の中で、男に、楽して稼いで羨ましいと皮肉られ、男を育てる発想がないと嘲笑され、彼女にしとくのが勿体ないと言ってふられる。言わせる方が悪いのだ、大した意味はないのだから聞き流せばいいのだと、一生懸命自分をナダめます。ナダめた後にふと思うのです、癒されない……。
石器時代の女性が、自分の肉は自分で確保せねば、と奮起した図をご想像下さい。男ではない、もっと確実な癒しの装置を自分の外部に求めた時、女は一人焼き肉に走るのです。
大崎『池上線ガード下物語』、心ひそかに「マイ・ホーム・ホルモン」と呼び習わしている店です。大崎には池上線も通ってないし、普通の路面にあるのですが、移転前は五反田の池上線のガード下で営業していたのだとか。高級焼き肉店でもなく、こだわりのオヤジの店という風でもなく、何のへんてつもない、普通の住宅街の焼き肉屋という風情です。
この店で必ず食べなければいけないのは、「幻のホルモン」と「幻のミノ」、略してマボホル、マボミノ。この二つは塩ダレで味付けしてあります。肉の鮮度に自信がある証拠ですね。内臓は鮮度が命。味噌ダレで味付けする店が多いのは、肉の臭みをごまかすためかと思われます。まあそんな面倒くさい話は抜きにしても、マボホルとマボミノの鮮度は、ホルモン素人にもはっきりと見て取れるはず。美しく輝いているのですから。私にこの店を教えてくれたホルモン伝道師からは、「ジュエル」という言葉を授かりました。この肉を表すのに、これ以上的確な言葉はない。
ホルモンを焼く時に気をつけたいのは、一番おいしく食べるために、まずは内側をじっくり焼いて、外側の脂は軽くあぶる程度に留めること。ホルモンというと、内臓一般を指すことも多いのですが、細かくは牛の腸。焼くと内側に丸まって、元は管状だったことがわかります。味噌ダレの色が濃い、あるいは肉の鮮度がイマイチな店だと、焼く前の段階でこの裏表がわからないという、悲しい現象が起こりがちです。しかしマボホルは、一目瞭然。内側のピンクと外側の白、実にくっきりしているので、焼く時に迷う必要はありません。
マボミノはサイコロのようなブロック状で出てきます。各面、まんべんなく焼きましょう。時間がかかるので、ホルモンと同時に焼き始め、焼き上がったホルモンを食べながら網の上でミノを転がすのが定石です。
日によって若干差はあるものの、マグロの頬肉、シビレ、レバ刺しもおすすめです。塩ダレが一押しとはいえ、豚ホルなどの味噌ダレもちゃんとおいしい。味付き白髪ネギ、ナムルを肉と一緒に食べたなら、最後はすいとん。塩と脂で極楽を味わった後、日常に帰っていくためのおふくろの味で締めくくります。
この店がお一人様に耐えられるのは、まずは味。一人で焼き肉をして、おいしくないことほ
ど、辛いことはありません。淋しさ、悲しさ、恥ずかしさを消し去って余りあるほどの肉を味わえます。そしてカウンター席があり、網も七輪も小さめなので、週末とピークを避けさえすれば、一人でもそれほど肩身を狭くしなくて済む。
自分のためだけに肉を焼く。誰に気を遣うことも遠慮することもなく、じゅくじゅくと脂が爆ぜる様をじっくりと鑑賞し、焼き頃を見計らってベストのタイミングで口に運ぶ。忘れてはならないのは、同じ一皿の中にも際立った一切れというものが存在すること。ジュエルの中のダイヤモンド。一人なら、必ずこれを口にすることができるのですよ。
大体、焼き肉というのは、急に食べたくなるもの。付き合ってくれる人がいないばかりに諦めた、そんな経験を誰しも一度はしてるはず。誰かを付き合わせることも、忘年会を待つこともなく、自由に焼き肉屋に行けたなら。少し人生が楽になるとは思いませんか。
自分の文章が気に食わない、罵倒や呪詛の言葉しか出てこない、友達への最低限の気遣いすらする自信もない。そんな風に落ち込んだ時、私はこの店に一人で行くことにしています。感動が約束されているから。明日は笑っていたいから……。
(二〇〇六年十二月)
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