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巨人軍は非情か
清武英利
メークレジェンド――。常勝を宿命付けられた伝統の球団。新聞社社会部からその未知の世界に飛び込んだフロントトップが、あまりにも人間臭いベンチ裏を、持ち前の記者的好奇心で観察、時に冷徹に時に情熱的に綴った。今だから書ける「あの時の真相」を多々交え、2008年日本シリーズの「その後」までをも含めた二年間の記録。
ISBN:
978-4-10-313311-7
発売日:
2008/12/18
1,470
円(定価)
巨人軍は非情か
それぞれの「道」
ドラフト1位で巨人入りが決まった高校生の松井秀喜に、写真週刊誌の記者が、
「どうして君は野球をやるのか?」
と哲学的な質問をした。学生服の松井は星稜高校のグラウンドにいた。
彼は記者の顔をゆっくりと見て、
「道、ですかね」
とぽつりと言った。世の中を斜めに見てきた写真誌の記者は、高校生らしからぬその答えが今でも忘れられないという。
道を整備してくれたのは、父親だ。トスマシンとネットを買ってくれた。中学、高校と松井はそれを使った。学校の練習が終わって帰ってきてから毎日百球は打っていた。
彼は星稜高校でも独自の練習をしていた。冬季練習のときに、ボールの下三分の一のところをトスバッティングでひたすら打つのである。
当時のチームメートが言う。
「毎日毎日、松井はそれを打ち続けて、それも一時間も二時間も打つんですよ。ボールの下を打ってスピンをかけようとしたのだろうけど、最初はファールばかりだったから、馬鹿じゃないかと思っていた。ところが、一年、二年と続けるうちに、球にバックスピンがかかるようになって、それはきれいに飛んで行くようになった。松井は練習の虫だ、すごいと思った。とても自分にはできなかった。それが三年間で自分とは大きな差がついたんだろう」
愚直な練習について、松井はこう語っている。
「冬になると、星稜高校の外は雪で練習できなかったので、練習が単調になるんです。それで始めたんですが、掛布(雅之)さんがそんな練習をやっていたと聞いて。本だったか何かで読んだか忘れましたが、それを始めてやっていったら、球にきれいなスピンがかかったんです」
「よくそんなこと信じてやれたもんだね」と私が言うと、彼は「うふふ」と笑った。
「もちろん監督さんがいないときだけですけどね」
日本シリーズ最終戦の夜に、松井の「道」という話を思い出したのは、上原がこの日を境に大リーグへの道を歩き始めたからだ。
日本シリーズが終わった翌日から、FA(フリーエージェント)宣言が解禁となる。入団十年目の今季、FA権を取得した彼は、念願だった大リーグ球団へFA移籍する気持ちを早くから固めていた。私はシリーズ最終戦の試合前、東京ドームの代表室で彼に、
「十年間、大変ご苦労さまでした。ありがとう」と頭を下げた。
巨人軍が今季、百五十五試合目にしてシーズンを終わるということは、「松井の時代」に続く、「上原の時代」の終焉を意味していた。
代表になった二〇〇四年の契約更改で、上原と衝突した。私は未熟で代理人を間に挟んでいたこともあって、意思の疎通がままならなかった。和解までに二年かかった。
上原は退路を断ってアメリカに発とうとしているが、全盛期の球威は望めない。それでも渡米しようとしているのは、それが彼の道だからであろう。
彼には個人的に一つだけ話をしている。それは、「退路を断ったつもりでも、巨人にはきっと帰る場所がある」ということだ。行く道があれば、帰る道もなくてはならない。
日本シリーズで負けた後、セレモニーは続いた。敗戦後、上原がベンチ前で整列し、喜びに沸く西武ナインを見つめている。左右に阿部と寺内。その背中を私は目に焼き付けた。彼にとって最後のジャイアンツのユニホーム姿となるかもしれない。
覇権争いは球界の新旧交代を見せつけるシリーズでもあったような気がする。MVPの岸孝之、涌井、中島裕之ら西武の選手は若く、巨人も山口、越智、西村、坂本ら若手が主役に躍り出た。最終戦の二回には、十九歳の坂本が本塁打を放っている。一方で腰痛の高橋由や不調の二岡を欠き、最終戦ではエースだった上原もベンチ入りしなかった。
負けた試合の中から、いいプレーを見つけ、ときには褒めてやるのが、優れた指導者なのだという。
百四十四試合のリーグ戦を逆転し、中日とのクライマックスシリーズを四試合戦って、しかし、日本シリーズの最終戦で負けたら、監督やコーチは選手の何を褒めればいいのだろうか。負けて今年は終わった、というだけでは、敗北から何も学んでいないということになるが、こんな手痛い敗戦のときに、選手にどんな言葉をかければいいのだろう。
そう思っていたら、長い野球の季節を締めくくる、試合後のミーティングで、原監督は、
「あとひとつ手が届かなかった。だが、意義のある一年だった」
と挨拶した。最前列に坂本がどんと座って監督の顔を凝視していたのが印象的だった。十九歳で初の全スタメン出場を果たし、オールスターのファン投票ナンバーワン、そしてこの日も日本シリーズ初ホームラン。進むべき道をはっきりとつかんだのであろう。激情が去った後のロッカーでひとり笑顔を見せていた。
土佐勤王党のひとり、中岡慎太郎が、進むべき道に悩む故郷の後輩にこう語ったという。
〈志とは、目先の貴賤で動かされるようなものではない。望むべきは、その先の大いなる道のみである。今、貴いと思えるものが、明日は賤しいかもしれない。今、賤しいと思えるものが、明日は貴いかもしれない。君子となるか、小人となるかは、家柄の中にはない。君、自らの中にあるのだ〉(『「その時歴史が動いた」心に響く名言集』三笠書房)
この日、敗軍の将となった原監督のもとに加藤良三コミッショナーが訪れ、労をねぎらった。十一月十二日には原監督がWBC監督就任で正式に記者会見する。巨人の指揮を執る一方で、オールジャパン監督への道を歩み始めるということだ。
最終戦は、たくさんの「道」が交錯する日であった。
(二〇〇八年十一月二十四日号)
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