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落合博満 変人の研究
ねじめ正一

無口。無愛想。孤高。愛妻家。そして、野球と勝負の天才。沈没寸前の日本球界の中で、ただ一人気になる男、落合博満。秋田工業野球部「八回入部、八回退部」に始まり、三度の三冠王に輝いた伝説的な現役時代から、あの山井交代事件で世論を二分した監督采配の問題まで、名うてのプロ野球者が読み解く「オレ流」のすべて。

ISBN:978-4-10-372206-9 発売日:2008/04/18

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落合博満 変人の研究



     十年の歳月

 落合博満が現役を引退してからこの二〇〇八年で十年になる。ああもう十年たってしまったのかと感慨深いものがある。
 三度の三冠王に輝く大打者にして恐妻家。
 金の亡者にして傲岸不遜なエゴイスト。
 チームプレイが身上のプロ野球に身を置きながら協調性ゼロ、独立独歩の気難し屋。
 ひと言で言えば「変人」――。
 これが現役時代の落合の一般的評価であった。ロッテ時代には、契約更改のたびにその銭ゲバぶりがスポーツ新聞を賑わしたものだ。さらにはプロ野球選手会を脱会しておきながら、選手会が勝ちとったFA権を行使しての巨人への移籍。しかも「いちばん高いお金を出してくれたチームに行く」と公言しての移籍であったから、中日ファンの落合への憎しみは大変なものだった。迎える巨人ファンも複雑であった。
 当時を思い返してみると、落合をスゴイという人はいっぱいいたが、好きというひとはあまりいなかった。「落合が好きだ」と言うと「へえ……」と気味の悪いものでも見るような目で見られた。
 落合みたいな変人が好きだとすると、こいつも変人に違いない。あまり近づかない方がいいかもしれない――世間の人はどうやらそう思うらしかった。

 私は大の長嶋ファンであり、長嶋茂雄を神様とも野球の天使とも考えている人間であるが、世間は私が「長嶋茂雄ファンです」と言うと、とたんに笑顔になる。長嶋茂雄という名前とともに幸福のオーラが金粉のように湧き出て、私と相手をともに包み込んでしまう。長嶋茂雄は天使だから、名前を口にしただけで幸福になれる。
 しかし落合博満は違う。落合博満という名前は食べ物で言えばホヤのようなものであって、あるいはナマコのようなものであって、はじめて食べるときは勇気が要る。その勇気があるものだけが、落合の歯ごたえ、落合の美味さ、落合の苦みのある滋味を味わうことができるのである。

     落合を意識した時

 私が落合を意識するようになったのは、三冠王を三度も獲得したロッテ時代でも、巨人をさんざん苦しめた中日時代でもなく、第二次長嶋政権下の巨人時代である。落合は巨人入団時に「私は長嶋監督を胴上げするために巨人にきました」と明言したのであった。長嶋監督はその前年、一九九三年から復帰していたが、復帰一年目は三位であった。来年こその球団の意気込み、監督の決意とともに落合はやってきた。
 我々ファンは、いや私は、当初はその入団のいきさつから複雑な心境であったが、「長嶋監督を胴上げするためにきました」のひと言を発したときの落合のやけに初々しい顔つきに、気持ちがガラリと変わった。
 落合は長嶋監督の隣で明らかにデレデレしていた。うれしくてたまらない顔つきであった。隣にいる長嶋監督を、ときおり憧れに満ちた目でまぶしそうに見た。落合のその目つき、その表情に、私は自分の顔を鏡で見ているような思いであった。そうか! 落合は長嶋ファンだったのか!!
 がぜん落合に対する興味が湧いた。

 そしてあの、忘れもしない10・8決戦がくる。一九九四年十月八日、シーズン最終戦にして同率首位決戦のナゴヤ球場での対中日戦。試合が始まる前から、私はテレビの前で興奮していた。興奮しすぎて気持ちが悪くなりそうであった。
 その試合で落合は、立浪和義のゴロを処理する際に足を負傷し、中畑コーチに担がれての退場となった。そのすぐあとには立浪が一塁ヘッドスライディングで肩を脱臼してベンチに下がった。まさに死屍累々の試合であった。巨人は六対三で中日を下し、リーグ一となった。落合が負傷のため胴上げに参加できなかったことを、私は落合のために悲しんだ。落合よありがとう、という気持ちでいっぱいだった。
 落合は、10・8決戦を「人生最高の試合」と言っている。ナゴヤ球場でホームチームが負けるのを目の当たりにした中日ファンも、(警備のスゴさもあって)フェンスを越えたりものを投げたりすることはなかった。あれほど息づまるいい試合を見せられたからには、敵に拍手しないまでも、黙って負けを納得するほかはないようだった。そして落合は、この試合で中日ファンからますます嫌われるようになった。その嫌われ方はまさに蛇蝎のごとくであった。負けは納得するが裏切り者落合は許せない、

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