なんくるない


 あとがき

 沖縄という場所が私の人生に入ってきたことは、とても大きなことだった。
 いくら面倒くさがっても食い下がって私を連れて行ってくれた新潮社の松家さんに深く御礼を申し上げたい。「絶対、よしもとさんは沖縄好きですから!」という彼の言葉は今も私の耳に響いてくる。
 そこで私は写真家の垂見健吾さんと出合った。いっしょに暮らしたり、人生の深い話をしたりしたわけでもないのに、その人がもしなにかあって人を殺したとしても、全身でかばうことができる……垂見さんは私にとってまれな、そういう人のひとりとなった。彼こそが、沖縄が私を導こうとしてつかわした天使だと思う。
 そして共に旅をした原マスミさんや吉本ナナ子さんや那由多くん、周ちゃん、パナヌファの人たち、新潮オカマブラザーズ……とにかくたくさんの、あそこで出合った人たちにも感謝を捧げたい。今は子連れでなかなかああいう旅ができないから、なにもかもが懐かしい。そのエピソードを集めた文庫もこれから作ろうと思う。
 本を出すたびに我がことのように熱心に手伝ってくれる事務所のスタッフにも、ありがとうと言いたい。
 この本ほど、多くの人の力でできた本はない気がする。そこがまた沖縄らしい。

 この小説集が忘れがたい本になったもうひとつの理由は、ふたつの死がこの本の後ろにひそんでいるからでもある。
 半分エッセイの「足てびち」で、私は友達の亡くなった奥さんについて書いている。人生の最後のほんのちょっとの瞬間を私と惜しみなくわかちあってくれた彼女のことを、忘れることは生涯ないだろう。
 そして「なんくるない」は小説としては思ったように描けず失敗作であるという気がするのだが、個人的にはこの小説を読むと泣けてきてしかたない。
 十二年いっしょにいた愛犬との最後の日々を、この小説を書きながら過ごしたからだ。どうしても取材が足りず一泊だけ本島に行ったときも、ずっと犬のことが頭から離れなかったのだが、みんなのおかげで完璧に楽しく取材ができた。そしてその取材は、長年勤めてくれた秘書の入野慶子さんとの最後の旅行にもなった。入野慶子さんにも心からの御礼を言いたい。
 全然なんくるなくない状態で(?)、瀕死の犬がいるそばで書いていたのだが、この小説に出てくる人たちはとても優しくて、私をなぐさめてくれた。詰めのときは夜中も起きていたので、愛犬とふたりきりで、これを書きながらその優しい男女と静かな時間を過ごした。
 私の作家人生の中でも、「自作に感謝する」という珍しい作品だと思う。

 主役たちの頼りなくてダメでへなちょこできらきらしている感じを表すことができたのは、表紙を描いてくれたウィスット・ポンニミットさんだけだった。私のツボにはまりすぎていつものたうちまわってしまうような大好きな作品を描くタムくんありがとう! そしてタムくんを紹介してくれた澤文也さんもどうもありがとう!
 そして「この絵には、あの人しか……。」と、松家さんと私が一発で!思いつき、なぜか満面の笑顔でお願いしてしまった祖父江慎さんにも、どうもありがとうございました。

 私はあくまで観光客なので、それ以外の視点で書くことはやめた。これは、観光客が書いた本だ。
 沖縄は日本人にとって、あらゆる意味で大切にしなくてはいけない場所だ。
 沖縄を愛する全ての人……深くても軽くてもなんでも、あの土地に魅せられた人全てと、沖縄への感謝の気持ちを共有できたら、それ以上の喜びはないと思う。

 二〇〇四年九月

よしもとばなな