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人生に生きる価値はない
中島義道

何をしてもどうせ死んでしまう限り、人は不幸である。そして、それから眼を離して生きていることこそが、最も不幸である。「明るいニヒリズム」が充溢している哲学エッセイの数々。哲学的領野に踏み込めば、人生におけるあらゆることにはまったく価値がないのだが、そう「語る」ことにはわずかに価値があるかもしれない……。

ISBN:978-4-10-439706-8 発売日:2009/02/18


| 1,365円(定価) |
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人生に生きる価値はない
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あとがき
「人生」に「生きる価値」は「ない」というタイトルを考えついたのは、担当編集者のAさんです。私も、初めまあそれでいいだろうという程度の反応でしたが、何度も眺めているうちに、六十二年に及ぶわが人生を振り返って、ため息が出るほどまさにそうだなあと思います。価値とは、目的とか意味と言い換えてもいいもので、「そのために」生きる何かです。そんなものはもともとないのであり、私の人生においてもまったくなかったのです。「ある」と思い込んでいたこともわずかにありましたが、いまとなってはすべて錯覚であることが判明しました。
生きる価値が「ない」と言うためには、ありとあらゆる「ある」という論拠をつぶしていけばいいのですが、じつは一つの理由を挙げるだけでいい。いかに懸命に生きても、真も善も美も何もわからないまま死んでしまう。あとは宇宙の終焉に至るまで私は(たぶん)永遠の無であり、おまけに百万年もすれば人類が存在したあらゆる証拠はこの宇宙から完全に消滅してしまう。これって、考えれば考えるほど凄いことじゃないでしょうか? これでもう、生きる気力がなくなりそうになるのでは? 少なくとも、生きる価値がない理由としては充分すぎる。みな気が弱くそのくせ狡賢いからこの残酷さを直視せずに、なんだかんだ生きる価値を見つけたつもりになっているだけなのです。
とはいえ、あらかじめ、頭の粗雑な人の反論に答えておきますと、だからといって私はすぐに死にたいわけではない。出家したいわけでも、デカダンに走りたいわけでもない。ただ、世の中こぞって生きる価値が「ある」というゲームに没頭していながら、多くの人はもしかしたら「ない」のではないかと恐れている。この恐れていることを私は――悪趣味なことに――誤魔化し続けている人々の鼻先に突きつけたいのです。
愚かで性格も悪い人は、じゃ本なんか出すなよ、とのたまう。もちろん、本を書くことも刊行することも、何の価値もない。そんなこと十歳の頃から知っています。むしろ何の価値もないことを知っているからこそ、安んじて書ける。哲学的領野に踏み込めば、人生におけるあらゆることにはまったく価値がないのですが、そう「語る」ことにはわずかに価値があるかもしれない……というわけです。
二○○九年元日
一万年後の今日(一二○○九年元日)、地球はどうなっているのだろう? 中島義道

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