 |
 |
ディスコ探偵水曜日 上
舞城王太郎

迷子捜し専門の米国人探偵・ディスコ・ウェンズデイ。あなたが日本を訪れたとき、〈神々の黄昏〉を告げる交響楽が鳴り響いた――。魂を奪われてしまった娘たち。この世を地獄につくりかえる漆黒の男。時間を彷徨う人びと。無限の謎を孕む館・パインハウス。名探偵たちの終わり無き饗宴。「新潮」掲載+書下ろし1000枚。二十一世紀の黙示録、ここに完成。

ISBN:978-4-10-458003-3 発売日:2008/07/31


| 2,100円(定価) |
 |
 |
|
ディスコ探偵水曜日 上
 |

第一部 梢
1
今とここで表す現在地点がどこでもない場所になる英語の国で生まれた俺はディスコ水曜日。Disとcoが並んだファーストネームもどうかと思うがウェンズデイのyが三つ重なるせいで友達がみんなカウボーイの「イィィィィハ!」みたいに語尾を甲高く「ウェンズでE!」といなないてぶふーふ笑うもんだから俺は…いろいろあって、風が吹いたら桶屋が儲かる的に迷子捜し専門の探偵になる。俺のキャディラックのボディには俺の名前と事務所の住所と電話番号の上に『ベイビー、あんたが探してんのは結局あんた自身なのよ』って書いてある。
「冗談みてえな生き方してんじゃないよ」と俺に会うみんなが最初は言うが、とどのつまり、お前らの生き方と俺の生き方と、どういう違いがあるんだよ?だいたい俺だって税金払って行列に並んでCD片づけて、スタンドで隣の奴らと喋ってるときにファールフライが飛んでくる気配があったらびくっと身を固くするんだ。当たり前だ。そういうリアリティからは何人たりとも抜け出せない。俺が冗談ならお前らだってみんなそうなんだろう。対向車線に突っ込むカーチェイス、夜中の奇妙な間違い電話、俺をはめようとする依頼人、どんでん返し、どんでん返し、そういうしょうもないアメリカ映画的なガジェットを全てリアルに生きてみると、まあ起こるべきところにそういうことは起こるんだなあと思う。あと、映画とかじゃ描かれないいろんな脱線も起こり、そういう流れで俺は日本の東京にいて可愛い梢といっしょに住んでいる。六歳の山岸梢は去年の秋ごろ織田建治に盗まれて三ヶ月間世田谷のど真ん中にある織田の豪邸の中で暮らしていたのを俺が探し当てて保護したのだが、山岸和夫とかの子は梢を取り戻して二ヶ月で俺のところに電話してきて梢を織田のところに戻していい、と言った。「先方がまだ梢のことを愛していて、欲しがっていればの話ですけど」とかの子が言うので俺は「梢ちゃんは性的ないたずらとかそういう目に遭った訳じゃないですよ」と言うが、「そういうことじゃないんです」とかの子は言う。「もうとにかく私たちの子供のように思えないんです。さらわれる前と何が違うという訳じゃないんですけど、たぶん私たちの方が変わっちゃったんでしょうね」。さらなる二ヶ月間の実家ホームステイとカウンセリングとあらゆる説得の後に、俺は織田の方に打診してみるが、猛省と悲嘆と改心を律儀に経たらしい織田は、たとえ法律的に正式の親子となれる条件でも、もう同じ過ちはしたくないと言ってから慰謝料にさらに金額を足しましょうかととんちんかんなことを言う。
「お金で何とかしようと思ってる訳じゃないんです。でもお金ってのは、まあときに微力ながら、働くことがありますよ?」
山岸夫妻は初めに求めた慰謝料以外に織田からは金を取らず、梢も引き取ろうとせず、かと言って施設に入れるのは嫌がって「盗んだのは織田なのだから織田が責任を持って梢の面倒を見るべき」などと言い、織田建治はじゃあ自分の妹夫婦に預けようってすっとこどっこいを繰り返すが、山岸家にも織田家にも入らずに二週間一緒にホテル暮らしをしている間に俺と梢が一緒に暮らせばいいみたいな感じで話がまとまり始める。感情が絡んで話がからまってきたとき出てくる結論が大抵そうであるように、これも筋は通ってないし現実的な解決策とは言えないしいかにも暫定的にって話でどうにもなんなそうだったが、俺もまあそれでいいかと思う。サンディエゴの日向の蛇、シャロン・スタイロンなら「なんて言うか素直ねえ、孤児の自分をその子に投影してんの?」とか何とか言って俺を嘲おうとするだろうが、シャロンに俺が言った自分が孤児だったブラブラブラーってのは全部嘘で、ザ・ウェンズデイズはデトロイトのそばに居を構えていて、俺の兄と妹もまだその辺に生息しているはずだ。シャロンだってきっと俺の嘘には気づいていて、騙されたふりを続けてるだけに違いない。シャロンには織田の百倍の時間と千倍の金がある。シャロンは俺に興味などないが、暇と資産がシャロンに俺のことを調べさせるだろう。
実のところ俺は意味不明に複雑ななりすましを延々続けているのだ。俺は一九七一年の七月のある水曜日の朝、サンディエゴのとあるディスコのダンスフロアの中央で見つかった捨て子…だと思いこもうとしているただの孤児、月曜日の夜中に聖ポール教会の中庭で瀕死のところを見つかった本名ウィリアム・イーディ…になりすまそうとしているただのディスコ・アレクサンダー・ウェンズデイ。人生丸ごと一芝居。俺の父親は農作業機械メーカーの地区営業部長チャールズ・トマス・ウェンズデイで、ちゃんとした人間で、俺にも優しいけれど、どうしていちいち自分のアイデンティティを創作しなきゃいけないかって、俺の名前が偽名にせよ本名にせよディスコであることに変わりはなく、ディスコという名前で生まれた以上、それなりのツイストを孕むのは仕方のないことなのだ。
ウィリアム・イーディというのは俺の実在する友達で、弁護士で、蔑むべきところばかりでほとんどナイスなところのない男だけれど、こいつに対して腹を立てているときに限って人生の重要なこと、すなわちたった一人の女の子を選んで本当にとことん優しくして他の女の子には目もくれない近づかない一緒の場所で息もしないくらいじゃないと最高の恋愛はできないなあってことやら俺のことをバカにする奴は敵ではなくて単なるバカなのだってことやらを悟るので、俺には重要な人物なのだった。ウィリアム・イーディを名乗ることを考えると、それだけで俺の心の庭に雨が降り、草木が濡れ、冷え、土が湿る。
俺と梢が住む《ヴィラハピラ小島町》の三号棟、303号室は織田建治の弟が手配してくれた部屋で、名義は山岸梢になっている。三階建てのメゾネットタイプのそのマンションはスリーベッドルーム、リヴィング、ダイニングキッチン、バス、トイレ、ガレージとそれらをつなぐ階段、廊下、ホールがブロックパズルみたいに並んで詰め込まれていて、中にいるだけで凄く理知的な気分になる。俺はミスターテトリス。スペースの有効活用についてばかり考えているうちに梅雨が明け、どろどろと蒸し暑い日本の夏が始まる。

|
 |
|
 |



















|