ゼロからのMBA


「プロローグ」より

「将来、何をやりたいか分からないなら、MBA留学がいいよ」
 一九九七年の五月。
 私とMBAとの運命の出会いは、この言葉で始まった。
 大学時代の友人に勧められて、インターフェイスという留学予備校に無料相談に行ったときのことだ。
 アメリカ人のロバート・ルクレアという先生は、私の人生相談をしばらく聞いたあと、私にMBAを取得することを勧めたのだ。
「えっ、私がMBAですか?」
 MBAって経済の資格? 
 数字が何よりも苦手なこの私が?
 当時、私は、NHKのTVディレクター。衛星第二テレビの音楽番組を主に担当していた。入局五年目。二十七歳のころだ。体力的にも精神的にもつらいことが多々あったが、ディレクターの仕事はやりがいがあって充実していた。
「仕事のこともひととおりわかってきた今、アメリカに留学して自分を成長させたい」
 そう思って、一九九七年の年明けに人事部の海外派遣者選考に応募した。ニューヨークにある音楽チャンネルへの留学希望だった。
 ところが、結果は見事落選。代わりに選ばれたのは、中国への留学を希望していた先輩の男性ディレクターだった。まわりの上司や同僚も応援してくれて、ちょっと自信があっただけに、ショックは大きい。女性は、留学したあと退職するケースが過去に多かったため、選ばれにくいということだった。
 もう、局からの派遣で留学するのは無理かもしれない。それならば、退職して留学することも考えてみょうがな……。
 アメリカ留学は高校時代からの夢だった。チャンスを待っている間に、大学を卒業し、NHKに就職。もう二十七歳になってしまった。これから準備して留学するのは三十歳前。年齢的にもラストチャンスだ。大学時代の友人たちの多くは、すでに留学して、帰国している人もいるのに。
 もうこれ以上、待てない。おばちゃんになってしまう前に、とにかく留学しなくちゃ。
 でも、留学して何を勉強しようか……。
 留学したいという気持ちは人一倍強かったが、音楽チャンネルヘの派遣選考に落選してしまい、何を勉強したいのか、よくわからなくなっていた。
 ジャーナリズムかな。それとも映画の大学院もいいな。気軽な気持ちで、留学予備校へ相談しに行ったわけだ。
 そこにMBAの三文字である。
 何だかわからない経済の資格をこの先生は勧めているのだ。MBAが、「経営学修士」の略だということさえ、知らなかった。
 確かに、この予備校に通った大学時代の友人たちは皆、有名校に合格してMBAを取得している。でも先生、彼らは全員、会社派遣の「銀行員」ですよ!
 TVディレクターの私がMBA?
 ところが、私はこのルクレア氏の一言にピンと来て、MBA留学してしまうのである。しかも、NHKを退職して。
 NHKに残っていれば、今ごろ私は「超安定した人生」を送っていたと思う。倒産の、心配もなく、クビの心配もなく、給料が下がる心配もない。それを捨てて、私はあえてMBAを取得することを選んだ。組織にチャンスを与えられるのを待つのではなく、自分でチャンスをつかみとっていく人生がいいと思ったからだ。
 人生には、人それぞれの転機がある。
 私にとってはMBAに出会ったことが人生を変えてしまった。

「こんな人生でいいのかな。私、一体、何をやりたいんだろう」
 MBAに出会うまで、私の二十代は「迷走」していた。大学を卒業して、NHKにディレクターとして入局したものの、いつもどこかで「自分探し」をしていたのだ。
「ずっと夢見ていたのは、歌手だったはず」と思い立って、歌手養成所に通ってみたり、「ディレクターよりアナウンサーの方が向いているかも」と、アナウンス学校へ入ってみたり。ところが、どれも中途半端で、すぐに辞めてしまった。開き直って、ディレクターとして仕事をしていても、そこそこ充実はしているものの、何か物足りなさと閉塞感を感じていた。
 人生は一度しかないのだ。
 私はこの世で何をやるために生まれてきたんだろう。
 インターフェイスでルクレア氏にMBA留学を勧められたとき、何だかわからないけれど、
「これだ!」と思った。このチャンスをつかまなければ、私の人生は迷走したままになる。
 何かにとりつかれたかのように受験勉強をはじめて一年後の一九九八年春、ニューヨークにあるコロンビア大学経営大学院(コロンビア・ビジネススクール)に合格した。その後、一年留学を延期したのち、二〇〇〇年の年明けに留学。二〇〇一年夏に帰国した。三十一歳になっていた。
 帰国してまもなく、私は、自分がMBA留学で得た経験を、同じように「自分探し」をしている人たちに伝えたいと思った。
 MBA留学して本当によかったと思ったからだ。
 現在、『MBAの○○』といったように、ビジネススクール(経営大学院)で勉強する内容に関する本はたくさん出ているし、会社派遣で留学した「エリートビジネスマン」の書いたかっこいい留学体験記も多い。
 しかし、私は、ゼロから英語を学び、経営を学び、留学ローンも抱えて、必死でMBAを取得した「三十代女性のガムシャラ体験記」を伝えたかった。それは、不器用で、決してかっこよくはないけれど、ありのままの留学体験だ。ニューヨークでの生活はトラブルの連続だったし、勉強は予想以上に大変だった。就職活動も山あり谷あり。決して楽ではなかった。
 でも、苦労した分、それを大きく上回る「いいこと」もたくさんあった。
「将来、何をやりたいかわからないなら、MBA留学がいいよ」
 その言葉を、今やっと実感できる。
 この本を読みながら、私と一緒にMBA留学を体験していただけるとうれしい。また、MBA留学に少しでも興味を持って、人生をポジティブに考えるきっかけになってくれると、もっとうれしい。
「何かやりたいんだけど、あと一歩が踏み出せない」
そんなモヤモヤ感を、この本で吹き飛ばして欲しい。

 それではMBA留学にようこそ!

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