よく生き よく笑い よき死と出会う


●悲しいのは自分だけじゃない
 私はここ何年か、上智大学の「死の哲学」の講義の中で、毎年一回、死別体験者の方に頼んで、自分の体験について話してもらっています。若い人から高齢者まで、いろいろな年代の方に、家族を交通事故や病気、自死などで喪った、さまざまな死別体験についてです。
 学生たちはたいへん真剣にその方々の体験談を聞いて、きわめて真摯な反応を示します。
 日本の中学校や高校などでも、いつか必ず訪れる、愛する人との死別体験についてきちんと教え、心の準備をさせるべきでしょう。苦しい体験をする前からそうした危機について学んでおけば、より早く立ち直ることができるからです。
 多くの人は、悲嘆のプロセスについて、何も知らないまま、「自分だけがこうなってしまったのだ」と考えて落ち込みます。しかし、「こう感じるのは誰にでもあることだ」、「こうした気持ちになるのは自分だけじゃない」ということが分かっていれば、もっと上手に立ち直ることができるはずです。
 このプロセスを知らないばかりに、あるひとつの段階、たとえば医者に対する「怒り」の段階で、ずっと止まったままの人は、思いの外たくさんいます。
 医療ミスで父親を亡くした娘さんがいました。父親は間違った薬を点滴されて亡くなりました。点滴をした看護師は間違いを認めて謝ったものの、主治医は医療ミスはなかったと言い張り、病院長からも医療ミスはないと言われました。当然、彼女は怒りました。父親が医療ミスで殺された怒りと、それ以上に医者や病院の態度に怒りを感じたのです。このままでは、何年も怒りの中で生き続けていかなければなりません。彼女のケースには、カウンセリングが必要でしょう。
 また、立ち直りの段階までには、少なくとも一~二年くらいはかかります。インスタントに立ち直る方法はありません。この立ち直りまでの期間は、いろいろな要素によっても変わってきます。
 たとえば亡くなった人との関係です。いい関係だったのか複雑な関係だったのか。そして死に方も大きな要素です。私の幼い妹のような静かな死のあとは、遺された者の立ち直りも早いのですが、連合軍に射殺された祖父の死については、私たち家族は何年たっても怒りを感じたままでした。
 とりわけ遺された人たちの感情を複雑にしてしまうのは、自死によって遺された場合です。家族を自死で亡くすと、「自分を見捨てて死んでしまった」という怒りと、「もう少し温かく接していたら、自殺しなかったかもしれない」という自分への罪意識が特に顕著になってくるのです。
 また、戦争によってもたらされた死も、さまざまです。たとえばアメリカの戦死にはふたつのパターンがあります。
 第二次世界大戦で主人や息子を亡くした家族は、「立派な死だった」と考え、肉親の死にプライドを感じていました。したがって早く立ち直ることができました。
 しかし、ベトナム戦争や最近のイラク戦争などのように、社会的にさまざまな批判がある戦争の場合は複雑です。遺族が立ち直るまでには、多くの時間がかかります。
 日本でも、池田小学校事件やオウム真理教によるサリン事件などの後では、遺族の立ち直りまでのプロセスが大変長くかかっています。
 多くの人は、悲嘆の体験を単に受動的に堪え忍ぶだけのものと受けとめていますが、悲嘆のプロセスは能動的に達成されるべき課題であり、それをなし遂げるには、本人の積極的な心構えと意欲、そして周囲の人の温かい支えが何よりも大切です。
 悲劇的な体験は、人から人生の希望と喜びを奪い、残りの一生をうらみのうちに過ごさせることもまれではありません。しかし、同じ体験を自らの成熟への道とすることもできます。
「大きな苦しみを受けた人は、うらむようになるか、やさしくなるかのどちらかである」というアメリカの著述家、ウィル・デューラントの言葉が示すように、悲劇から何を引き出すかは、究極的には各自の主体性にかかっていると言えましょう。
 死別体験は大変に辛く苦しい体験ですが、もしこれを人生の途上で必ず訪れるひとつの挑戦として受け止めるならば、挑戦への応戦として、貴重な人格成長のきっかけにすることも可能なのです。

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