疾風ガール


 あたしが一番好きなのは、ペルソナのメンバーとする食事。お湯を沸かして、テレビを見ながら食べるカップラーメンも嫌いじゃないけれど、やっぱり大勢で食べる方が楽しい。
 約一名、嫌いな奴も混じってますが。
「うう、食った食ったぁ」
 こいつ。ベースの木村仁志、通称ジン。雑食性で、半分腐ってても平気で食べられる強力な消化器官を有する。
「これもぉーらい」
「あ、こらっ」
 しかも盗癖あり。あたしのイタリアンハンバーグのプレートから、フライドポテトを一本つまみやがった。
「んんー、夏美の味がするぜぇ」
 最後の一本だったのに。
「するかバカ。死ね」
「……つれねぇなぁ。せめて死ぬ前に、イッパツ姦らしてくれよ」
「死んだら考えてやる」
「あそう。じゃ死んでみっかな」
「そうしてくれっと助かるわ」
 始終こんな調子。趣味はセックス、の妄想。つまりは女日照り。近々砂漠化するという噂あり。
「夏美さん、かわいそう」
 隣の真緒が、クラブハウスサンドのお皿から二本、ポテトを分けてくれた。この子はローディ、っていうかあたしの付き人。自称、世界で一番の夏美ファン。
「ありがとぉー。あたしの味方は真緒だけだよ」
 撫でてあげる。ツヤツヤの黒髪。若いって素晴らしい。
「ねえねえ、真緒ちゃんは、夏美とセックスしたくないの?」
 ジン、指舐めながら喋るな。それから舐めたらナフキンで拭け。絶対にその手であたしたちに触らないでよ。
「ジンさん。質問、変です」
 あたしもそう思うよ、真緒。でも慣れって怖いね。平気で言い返せるようになったもんね。最初の頃は、よくエッチなこと言われると泣いてたのにね。
「見てえなぁ、夏美と真緒ちゃんのレズプレイ」
「でかい声で言うなバカ。死ね」
「だからぁ、その前にね……」
「よせジン。さっきからループしてるぞ」
 さすがリーダー、畑中出。ドラムス。ジンもこういう大人になれたらよかったのにね。もう遅いけど。
「だってハタヤン、夏美が苛めるんよ」
「仕方ねえだろ。気持ちワリいんだよ、実際」
「そんなん言うなって、ハタヤぁん」
「寄るな」
 だよね。男だって嫌だよね、こんな人格破綻軟体動物。
 でも人間、大概どっか一つくらいはいいところがあるもの。ジンの場合、それはいうまでもなくベースだ。これはもう、嘘みたいに抜群の腕前。決して派手ではないけれど、ハタヤンの堅実なリズムに粘っこく絡んで、独特のうねりを作り出す最高のグルーヴメーカー、それがジンだ。ベースを担いで、アンプと直で繋いでブンッてやれば、もうそれだけで全てが許せるくらい、ジンはカッコいいベースを弾く。
「あ、そういや今日のギャラ、二十五万ってマジ?」
 おやおやジン君。地球外生命体の君でも、お金には人並みの興味があるのかね。
「ああ。なんかトラだから、ノルマとか歩合とか言わないって言ってたけどな。松っツンは」
 トラ、というのは「トラブル」が語源の隠語。トラブルの穴埋めを頼むときに、「今回だけ、トラで頼む」って感じで使うらしい。あたしはあんまり使わないけど、ハタヤンはよく使う。ま、ジジイだからな。
「じゃなに、俺いくらもらえんの」
「だから寄るなって……ん、まあ、スタッフ一万、メンバーが五万イーチってのが、綺麗なんじゃねえの」
 隣の真緒が「やった」と手を叩く。こういう素直なところが、ジンの恰好の餌食になる。
「真緒ちゃん、これで給食費が払えるね」
「うち、そんなに貧乏じゃありません」
 そう。真緒んちはけっこうなお金持ち。でもそういうのに甘えないところが、この子の偉いところ。
「おいヒモ。お前もなんか言え」
 失礼ね、ジン。薫はヒモじゃなくってよ。
「……ん、ああ、助かるよ。明日からまた、パチスロ行ける」
 薫も、真顔でそういうこと言わないでよ。ちゃんとビデオ屋でバイトしてるでしょ。ヒモじゃないでしょ。それじゃ塔子さんが可哀想だよ。塔子さんていうのは、薫と同棲してる恋人。とっても綺麗なお姉さん。ちなみにキャバ嬢。
「私、みんなに知らせてきます」
 真緒は席を立ち、子犬みたいに、斜めに駆けていった。みんなというのは、席が離れてしまったスタッフの男の子たち。平日は空いているこのファミレスも、今日みたいな日曜だとけっこう満席で、九人が一遍に座るのはちょっと無理そうだった。
 向かいの薫が、大きく開けた口に手をやる。綺麗な人は欠伸までもが美しい。薫はあたしの憧れ。世界で一番リスペクトしてるボーカリスト。あたしは薫の隣でギターを弾くために、自ら志願してペルソナに入れてもらった。
 あたしは杖をついてじっと見つめた。
「……薫、眠いの?」
 かすかに微笑み、薫は滲んだ涙を指で拭った。そんな仕草までも、どこか物悲しく、切なく見える。美しいって素晴らしい。
「ああ。ちょっと昨日、ゲームやりすぎた」
 リハーサルで声の出がイマイチだったのは、寝不足が原因か。
「本番の前くらい、ちゃんと寝なよ」
「うん。次は気をつける」
 と、こういう幸せな会話ほど、長くは続かないものなのだ。
「違うんだよ。こいつは塔子ちゃんと、朝までアッハァーン、だったんだよ」
「黙れバカ。死ね」
 こんな野次も、クスクス笑ってやり過ごす薫って、やっぱりカッコいい。
 真緒が戻ってきた。
「みんな、すっごい喜んでました」
 そりゃそうでしょう。いつもなら打ち上げの飲み代が奢りになるってだけだから、さらに一万円もらえるとなったら、そりゃ嬉しいでしょう。
「でもなんだ、よく売れたよなぁ、たったの五日で」
 ジン、他人事みたいに言ってちゃいけないんだよ。ほんとはあんただって、頑張って手売りしなきゃ駄目なんだからね。あたしだって、真緒と合わせて二十枚売ったんだから。
「なんか、松っツンがロックウェブの掲示板に告知したら、ガァーッて予約が殺到したらしいよ。チケット安いしな、目黒は」
 ロックウェブというのは、インディーズ系のインターネット情報サイト。昨今、ここの影響力ってほんと半端じゃない。
 ペルソナの今のポスター、あれをインディーズも扱う渋谷のCDショップに貼らせてもらったのが、先月の二十日。人前にあのポスターを出したのはそれが最初。なのにその日の夜にはもう、ロックウェブの掲示板で「カオルとナツミ付き合ってる説」が実しやかに書き込まれてた。ラブホから一緒に出てきたとか、どこそこのスーパーに二人で買い物に来るとか、ありもしない目撃談もわんさか。
 その一週間後にやった原宿でのライブ。そこに来た女性客の視線が、まあ痛かったこと痛かったこと。いつ刺されるか、あたしは帰りの車に乗るまでほんとに怖くて仕方なかった。
 まあ、チケットがさばけたりもするわけだから、悪いことばかりじゃないんだけど。
「じゃ、そろそろ参りますか」ハタヤンが伝票を取る。
「私、買い出し行きます。必要なもの言ってください」真緒、あんたは偉い。
「俺も欲しいものあるから、一緒に行くよ」
 薫、またそういう無茶を言う。
「ダメよ。薫はさっさと店に戻るの。客が並び始めてからじゃ入れなくなっちゃうでしょ」
 うっひゃっひゃ、とジンが下卑た声で笑う。
「そういや、いつだったか渋谷でお前、店に入るまでにパンツいっちょにされちまったこと、あったよなぁ」
 それは大袈裟。ジーパンは残ってました。
「ああ、それ困るね。今日はフンドシだから、見られたくない」
 たぶん薫の、これが唯一の欠点。ジョークが寒い。

 ペルソナくらいになると出番は常にトリ。だから本番までの待ち時間がとにかく長い。
 リハーサルは通常「逆リハ」と呼ばれる形式、本番とは反対の順番で行われる。今日みたいに二バンドだったら、最初にペルソナ、次にオープニングアクトの『マスター・オブ・ペパーズ』がリハーサルをする。そうすれば彼らは、機材をステージに残したまま本番を迎えられる。セッティングの回数が少なく済む、ってわけ。
 でもこれが五バンドだったりしたら、もう大変。最初にペルソナがリハやって、四つのリハを待って、さらに四つの本番を待って、それからようやく出番が回ってくる。待ってるだけで疲れ果てる。
 これが人気もそこそこのバンドだったら、三番目とかトリ前とかにもなるんだけど、ペルソナはもうそういうレベルじゃないから、絶対に最後ってどこの店でも決まってる。
 なぜか。ペルソナが終わると、客がぞろぞろ帰っちゃうから。それまでは一杯だったのに、急にガランとなると、あとのバンドがやる気なくしちゃうから。それじゃ気の毒ってことで、店側が配慮して、常にペルソナを最後に据えるようにしている、ってわけ。
 待つのは大変だけど、これも一つの助け合いだから仕方ない。よその客の前で演奏するのは、自分たちを売り込む絶好のチャンス。それをしないと、いつまでたってもアマチュアの動員なんて増えやしない。ペルソナだって、その前に在籍した『ピンクノイズ』だって、そうやって客を増やしてきた。だから、これもシーンへの恩返し。ペルソナと一緒にやりたい、そう言われること自体、一つのステイタスだと思った方が建設的ってもんよ。
「夏美さん、今日はどんな衣装なんすか」
 あたしは、客入れ前のホールで対バンの子たちと雑談するのが好き。対バンていうのは、その日一緒に出るバンドのこと。
「今日は黒のスーツだよ。腹出しだけど」
 赤いハーフトップに黒のパンツスーツ。イメージは、八〇年代中期のバンド『ユーリズミックス』のボーカル、アニー・レノックス。彼女が着けてたのは、赤いブラジャーだったけどね。
 ギターの子が、やべえ見てえ、と頭を抱える。ベースの子が「無理無理」と手で扇ぐ。
「俺ら見らんないよ。機材出してからじゃ、もうぜってー入れなくなってるから」
 ベースの子、やや腐り気味。っていっても、きっとみんなあたしよりか年上なんだろうけど。
「ステージ袖から見ればいいじゃん。楽屋出たとことか」あたし、部外者にはけっこう優しいの。
「そりゃ無理っすよ。ペルソナさん、袖はいっつもスタッフで一杯じゃないっすか」
 そう言ったドラムの子に、隣の真緒が大きく頷く。
「そうなの?」
「そうなの、って夏美さん、私とヒロキ君とタクミ君が立ったら、袖なんて一杯に決まってるじゃないですか」
「いつも?」
 真緒の驚いた目って、お正月の黒豆みたい。
「……もしかして、夏美さん、見えてないんですか?」
「うん。あんま、見えてないかも」っていうか、全然見てない。
「うそぉ、私けっこう、目が合ってると思ってたのに」
 こういう時間、他のメンバーはというと、ジンはどっかから拾ってきたコミック雑誌を読んでいる。薫は見えないので、たぶん楽屋で寝てる。ハタヤンだけが、真面目にスティックでパタパタ腿を叩いてウォーミングアップしてる。ウチのスタッフの男衆はいない。まだ駅前辺りをぶらぶらしてるんでしょうか。
 店のスタッフがひょっこり顔を出す。
「そろそろ開場しまーす。マスター・オブ・ペパーズさんはスタンバってくださーい」
 はーい、とみんな、元気のいいお返事。
「がんばってねー」
 あたしが手を振ると、みんなは空手家みたいに「ウス」と気合いのポーズをした。
「っていうか、夏美さんも入ってくださいよ」
 真緒がパイプ椅子を片づけ始める。
「薫じゃあるまいし。あたしは大丈夫だよ、ここにいても」
「ダメですよ。自覚ないんだからもぉ。はい、立って立って、ほらそっちも」
 あたしだけでなく、真緒はジンやハタヤンまでも楽屋に追い立て始めた。もはや格はあたしの付き人ではなく、バンドのマネージャーか。
「真緒ちゃん、抱っこしてぇ」
 そんなの抱っこしたら妊娠させられるよ。
「嫌です。自分で立ってください」
「じゃ、ハタヤンでもいいからぁ」
「よせゾンビ。気持ちワリいんだよ」
 まあ、そんな生ける屍でも、近々役に立つときがくるさ。

 オープニングのマスター・オブ・ペパーズは正味三十分、ペルソナは、今日はワンマン扱いだから一時間くらい演奏する予定。
「ガルゥ、見せろ、パンツ見せろぉ」
 あたしが着替えるときって、ジンが暴れてほんとに大変。スタッフの男衆が羽交い締めにしてる間に、真緒が作ったバスタオルのカーテンに隠れて、ササッと済ませるより他にない。原宿とか渋谷の店には試着室みたいなのがあるけれど、それでも誰かが羽交い締めにしてなきゃいけないのは同じ。
「はい終了。ジンさん、残念ッ」
 真緒がバスタオルを振り上げる。
「ちッくしょう……」
 ジンはその場にへたり込んだ。が、
「お、おお」
「ほぉう、セクスィー」
 スタッフの男衆は溜め息を漏らした。こういう反応、大好き。
「なんかそれ、ちっとエロくねえか」ハタヤン、けっこう常識派。
「でもほら、上からこれ着るし。ギターもこうくるし」
 それでもハタヤン、納得できないご様子。
「どうよ、薫」
「ああ? うん。いいんじゃないかな。可愛いよ、夏美」
「さんきゅっ」
 もう、それで全てオッケー。誰がなんと言おうと、薫がいいって言えば、オール・ノー・プロブレム。
「着るなぁ、もっと脱げぇ、下も脱いでパンツでやれぇ」
 ジン、辛抱だよ。あんたが唯一真人間になれる時間は、もうすぐだからね。

 前のバンドの撤収と同時に、ウチの男衆がセッティングに入る。善人のハタヤンは他人に任せっきりにできなくて、結局いつも、大半を自分でやっちゃう。
 ジンは完全お任せモード。ずっと楽屋でタバコ吸ってる。なぜなら、セッティングが馬鹿みたいに簡単だから。ベースアンプを所定の位置に据え、ベースを繋ぎ、電源を入れ、四つかそこらのツマミを全部真上に向けるだけ。それでいい音出せるんだから大したもんだ。ジンにとって大切なのは、音が出るかどうかってこと。たぶんそれ以外は、あんまり気にしてない。
 薫は、ワイヤレスマイクをトントン叩いてお終い。ボーカルだからね。それだけ。
 あたしのはけっこう大変かも。マーシャルのギターアンプを三段積んでもらって、ラックのエフェクターとペダルボードと繋いでもらって、ワイヤレスのチェックもしてもらって、チューニングもお願いしてるから。でも、ギター担当のヒロキ君とはもう一年の付き合いだし、基本はそんなにちょこちょこ変えないし、細かい設定の変更は真緒がメモって彼に渡してるから、ほとんど問題って起こったことがない。トラブったらトラブったであたしも対処するし、ヒロキ君もずっと近くにいてくれてるみたいだし。これは、さっき知ったんだけど。
 真緒はあたしのメイクの仕上げ係。
「今日はデビル系でいきましょう」
「……あんま、吊り目は強調しないでね」コンプレックスなんだから。
「大丈夫ですよ。小悪魔系ってことで」
「矢印のツノ生やすか」
「あー、ハンズで買ってくればよかった」
 ハタヤンが戻ってきた。
「うし。じゃあ本番、ガツッとキメましょう」
「うい。よろしくっす」あたし、ちょいと敬礼。
 ジンがタバコを消す。
「……へえへえ、いきましょうかねぇ」
「うん、いいよ。いこうか」
 薫、ファンデーションとちょっとのアイラインだけで、すっごい綺麗。負けそう。いや、絶対負けてる。
「みなさん、がんばってくださいね」
 真緒、こういうときが一番嬉しそう。
 店のスタッフが顔を覗かせる。
「ペルソナ・パラノイアさん、準備オッケーですか」
「オッケーっす」ジン、なんであんたが言うかな。
「じゃ、幕開けます。段取り通り、SE入って位置についたら、畑中さんの合図で音出します」
 SEってのは、サウンド・エフェクトの略。この場合、平たく言えば入場曲よ。
「それでは本番、よろしくお願いします」
 よろしくお願いしまーす、って全員で言ってるように聞こえるけど、実は薫は言ってないことが多い。代わりに真緒が言ってるからいいか。頭数は合ってるってことで。
 さあ、いよいよ本番。パーティだ。

 SEが流れる薄暗いステージに立ち、ギターを担ぐ。
 愛器、ギブソン・レスポール・ジュニア、Wカッタウェイモデル、ワームレッド。通称ジュニア。シックな赤と左右対称のシェイプに惚れた。ひっくり返して見ると、ほら、頭でっかちのクリオネみたいで可愛い。これがあたしの、魂のマシンガン。今夜も脳味噌、ぶっ飛ばしますよ。
 ストラップをしっかり肩に掛け、足元、ボリュームペダルを一杯に踏み込む。背後にマーシャルのノイズが滲む。エフェクターのセッティング、よし。弦をひと撫で。チューニング、たぶんよし。
 ジンを見る。うつむいてる。嘘のように凜々しいお姿。まるで刀に手をかけたお侍みたい。
 後ろのハタヤンに頷いてみせる。ハタヤンも返してくる。三人はこれでオッケーってこと。
 ホールは満杯。みなさん、苦しくないですか。そんなにぎゅうぎゅうで。
「ナツミィーッ」「ナツミさぁーん」
 あたし、いつもの敬礼で応える。客、喜ぶ。別に警察とか軍隊が好きってわけじゃないけど、敬礼って可愛いと思う。モチーフは、アイドルの一日署長さ。
 あたしの左から薫が入ってくる。途端、地面が盛り上がったみたいに、二百数十人が一斉に背伸びをする。誰かが跳ねると、その後ろはもっと高く跳ねる。繰り返すうち、波のうねりはどんどん大きくなっていく。早くしないと人身事故が起きそう。
「カオルゥーッ」「キャーッ」「カオさまァァァァーッ」
 狂ってるねぇ。今日もいい感じに狂ってるねぇ。
 目の端にハタヤンのバンザイが映る。すぐにホール全体にノイズが染み渡り、今度は歓声の津波がこっちに押し寄せてくる。
 始まる、始まる、この瞬間の緊張が、好き!
「アッ、トゥッ、リッ、フォッ……」
 炸裂っ! 行くぜ、ペルソナ・パラノイア!
 今日の一曲目は一番ヘヴィな『硝子の太陽』。激しいリズムで、まずはみんなの脳味噌を掻き回す。強烈なステージライト。蜂の巣箱状態のホール。みんなの顔、はっきり見えてるよ。ガックンガックン頭揺らしてる奴、あいつあぶねー。
 歌が始まる。客の目が薫の顔、一点に集中する。最前列、よく見る顔の女の子、もう泣いてる。こういうのは思い出し笑いのネタになる。
 横目で後ろを確認。ハタヤン、いつも通り落ち着いてる。ドラムはエンジン。バンドのパワーはここで決まる。乱れず止まらず力強く。ほんとはもっと見てたいけど、そうも言ってられないのがフロントの辛いところ。
 そしてジン。長い足を大きく開く独特のポーズ。ベースを縦にしたり足の間に挟んだり、けっこう激しく動かしてるんだけど、音はちゃんとドラムに貼りついてる。さすがです。
 ベースはタイヤ。曲を進めるのも、止めるのも曲げるのも、スピードをコントロールするのもベースの役割。
 さらにジンは、ドラムと微妙にずらす技も持っている。意識してほんの少し、前にも後ろにもずらすことができる。モロにずれるのは下手な奴。微妙にずらすのが達人の腕。ペルソナに入って一番勉強になったのは、この微妙なズレによって生まれるリズムのうねり、グルーヴだった。
 あたしのギターはなんだろう。車なら、色? よく分からない。あたしはとにかく、このジュニアを乱射して客の頭をぶっ飛ばすだけですよ。皆殺し。でも血は出ない。みんな真っ白になるの。最高のプレイは、ホールをゲレンデみたいな白銀の世界に変える。今はダメ。まだそこまではできない。でも考えたらもっとダメ。それだけは分かってる。
 感じるしかない。あたしが感じれば、きっとみんなも感じる。
 一緒に行こう、真っ白い世界に。
 連れてってあげるよ。あたしがみんなを、灼熱のゲレンデに。

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