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現な像
杉本博司

「私は長い間写真に関わりながらも、未だに真の何たるかを知ることを得ない」……。美の本質とは、時間の意味とは、そして人間の存在とは何か? 写真、絵画、建築、映画、骨董など、あらゆる芸術を手がかりに、人類の記憶を辿り神の企みを暴く、思索の冒険! 代表作を含む図版も多数収録した待望の論考集。

ISBN:978-4-10-478102-7 発売日:2008/12/19

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現な像


 私はこの歳になってはじめて私にとって仏とは何かを考えなければならないはめになってしまった。というのもこの平安時代中期と思われる十一面観音立像が私のもとへ到来してしまったからだ。今までにも私は仏像や神像を幾度となく買ってきた、しかしそれらはみな手のひらに入るような小金銅仏だったり、床の間に置いて眺めると空間が厳しい緊張感に満たされるような、いわゆる美術品として見ることのできる、そしてそれ故に私の創作活動にも少なからぬ影響を及ぼす力の源泉として、神仏には不遜な言い方だが私が選んだ古美術品であった。しかし今度の場合は何かが違う、それはその像が一メートルを超すほどもあるかなり大型の像であることにも関係がある、そして最も大きな特徴は十一面観音であるのに像全体の醸し出す雰囲気が神像としか言いようのないものを持っていることだ。私はこの像を自宅の床の間に置いてみたときに今までとは全く違う場が出現していることに気づいた。そしてそこにはすでに私の居場所はなくなっていて仏間としか言いようのない空間と化していたのだ。この像から放射される力というか粒子のようなものによって空間の隅々までが遍照されていた。
 ミレニウムの一千年をこの像は生きてきた、生きてきたのは幾世代にも亘る人間たちも同じだ。山岳信仰の深い山寺の小さな祠に祀られて、その一身に多くの祈りを受けてきた、その受けてきた信仰の形が今あるこの像の形となって現れているように私には思われてならない。そして明治という時代になって神とも仏ともつかないこの像は廃仏毀釈の波に呑込まれてその祠を追われついに私のもとへと到来したのだ。
 仏が到来したなどと言うと、遠き島よりヤシの実ひとつ、流れ着くような趣きだが、実際に私はこの眼で流れ仏と呼ばれる一群の仏像を幾度も眼にしている。慶応三年から準備され明治元年の王政復古と共に発布された一連の行政措置のうちで神仏分離令ほど日本宗教史上に汚名を残す暴挙はあるまい。一般庶民には忘れられかけていた天子様を新たに頂く新天皇制のプロパガンダの為に国学者、儒学者が考えだした超反動、超復古思想が日本のいわゆる近代化へのプロセス、明治維新と呼ばれる改革だったのだ。革命に破壊はつきものなのだが「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の喩えどおり、各地の仏教寺院の破壊は相次ぎ、古代より祈りの対象として崇められてきた仏像群も焼かれたり川に打ち捨てられたり、信心のある者によって土に埋めて隠されたりしたのだ。焼かれた仏は灰燼に帰したのだが、川に流された仏は下流で拾われた時には手足も瓔珞も無くなってしまったものも多く、その尊顔も水流の摩滅に溶けてしまった仏もあり、またうっすらと笑みだけを残す仏もあった。それらの仏像群が流れ仏と呼ばれる仏たちなのだが、もちろん多くの仏は拾われることもなく海への長旅へと旅立って藻屑として消えていったのだ。

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