はじめに われわれ日本人は、およそ四千年以上前から、さまざまな自然災害に耐え、この小さな島国に生き延びてきました。その細い細い遺伝子が、今の私を、あなたを、生かしているのです。どんなに頑張ってみても、あと百年もすれば今生きている人間はすべて消えていなくなります。この有限の生命の世界で、私たちが未来に残せるものは何か。それは、お金や証券ではないはずです。 長い生命の歴史を経て、現在を生きている私たちが未来に残すべきもの、それはかけがえのないいのちをつないできた遺伝子です。そして、その遺伝子を守り、いのちを支えている唯一、具体的なものが、地球上のあらゆる生物の生存の根源である「森」なのです。 三十数億年という気の遠くなるような長さの進化の最終段階で人類は生まれ、森の中で生活してきました。最初の五百万年は森に支えられ、森を畏敬し、生き延びてきたのです。ところが、ここ数万年の人類の歴史を顧みると、守り神であったはずの森は、文明が発達するにつれ邪魔者とされ、ときには開発を阻む「敵」とみなされてきました。メソポタミアでも中国でも、森の神を滅ぼし、森を破壊し、克服して、都市を建設し、文明を謳歌してきました。 われわれ日本人も森を伐り開き、焼き畑も水田もつくってきましたが、世界の文明国、先進国の中で唯一、いわゆる「皆殺し」をしてきませんでした。必ず、「ふるさとの木によるふるさとの森」を残し、守り、つくってきたのです。日本古来の神道は、あらゆる自然を神とした多神教です。また千四百年前にインドから中国、朝鮮半島を経て伝来したといわれる仏教も、日本では草木にも仏心が宿ると教え、森と共生する日本人固有の思想、宗教、文化に同化してきました。 私たちの祖先は、大きな森や老大木などを、神宿る森、神木として崇め、残してきました。しかしここ数百年、とくに第二次大戦後の半世紀は、残された最後の森や自然も破壊し、利用できるものは徹底的に利用し尽くして、人工環境、人工都市の形成に狂奔しています。 多くの日本人は今、かつてわれわれの祖先が夢想だにしなかったような、あらゆる欲望を満足させられる環境の中で生活しています。これほどの物質文明の中に暮らしながら、現代人はどこか物足りなさを感じ、未来に対して夢を失い、漠然と暗い明日を予感しています。 私たちが豊かな生活を維持し続けていくためには、今後も、鉄やコンクリートなどの人工物や、各種エネルギーを使っていかなければなりません。時には自然も開発しなければならないでしょう。 だからこそ、今一度生物としての本能を甦らせ、人間固有のすぐれた知性や感性を研ぎ澄まして、明日のために今何をなすべきかを真剣に考えなければいけないのだと私は思うのです。今こそ、日本人の四千年来の森と共生する生き方を見直し、本物のふるさとの森を、未来に向かってつくっていくときなのです。 |