死の壁


 わからないから面白い
『バカの壁』のなかで「人生の問題に正解はない」と書きました。その答えを求める行為それ自体に意味がある、ということも書いた。しかし、それだけでは承知してもらえないようです。
 そもそも本に書いてあることを全部絶対正しいなんて思わないでくれと常々言っているのですが、真面目な人はそれだけで怒るようです。
 テレビの取材を受けている際に、私が長い間調べているゾウムシの生殖器の写真を見せました。大雑把に見ればほとんど同じ見た目のゾウムシです。おそらく、興味の無い人にはまったく同じにしか見えないでしょう。しかし、それぞれの生殖器の形が生息地等によってかなり異なる。あるものは人間のペニスに似ているし、あるものは二股に分かれていたりする。細かく見ればおどろくほどバラエティに富んでいるのがわかります。
 それを見せたとき、取材に来ている方は、
「はあ、それでこれを調べて一体何がわかるのでしょうか」
 と聞いてきました。それに対しての答えはこうです。
「何がわかるかわかっていたら、調べても仕方がないでしょう。わからないから面白いんじゃないでしょうか」
 私は最近、「バカの壁」の向こうにはロマンがあると言うようにしています。壁があることは仕方がありません。それで諦めがついて気が楽になることもあります。
 その一方で、何かの拍子、たとえば経験や学問などによって壁が壊れることもあります。そのときに、向こう側にこれまで見たことがないような新しい世界が広がっているかもしれません。それはロマンではないでしょうか。
 ところが、どうも「正解がない」ということに非常に不安や不満を感じる方が多いようです。要するに「調べればわかる」「見ればわかる」と勝手に思い込んでいるのです。
 しかし、実際には何でも「調べればわかる」「見ればわかる」というようなことはありません。もちろん話せば何でもわかりあえるということもありません。

 人生の最終解答
 ただし、人生でただ一つ確実なことがあります。
 人生の最終解答は「死ぬこと」だということです。
 これだけは間違いない。過去に死ななかった人はいません。
 人間の致死率は一〇〇パーセントなのです。
 ガンの五年生存率が何パーセントだ、SARSの死亡率が何パーセントだと世間では騒いでいますが、その比ではないのです。
 ところが、そのへんを勘違いしている人が非常に多い。現代人は皆、人は必ず死ぬということをわかっていると思い込んでいるけれども、どこまで本気で考えた末にわかっていると感じているのかは甚だ怪しいように思えます。

 人が死なない団地
 私がまだ東大の解剖学教室にいた頃の話です。
 自殺の名所といわれる団地が都内にありました。そこに解剖のためのご遺体を引き取りに行ったことがあった。生前に献体に同意された方の遺体を私たちは解剖に使わせていただきます。そういう方が亡くなったとなると、私が遺体を引き取りに伺うのです。
 亡くなった方は団地の十二階に住んでいました。ご遺体の入った棺を持って通路を進んでいくと、その団地のドアは外開きだから住民がドアを開けるたびに遮られる。向こうはこっちを見て慌ててドアを閉める。
 そんなふうに進んで、いざ棺をエレベーターに載せようとしたら、横にしたままでは入りきらない。もっと低層の建物ならば棺を持って階段で降りることもできるでしょうが、十二階ともなると大変です。仕方が無いから、生きているとき同様に、立ってエレベーターに乗っていただくことにしました。棺を垂直に立てて載せて運んだのです。
 このときに、ここは人が死ぬことを考慮していない建物だと思いました。
 その後、実際にその団地を設計した人と話す機会がたまたまあり、そこで、この話をしました。すると彼は、
「あそこは若い夫婦が郊外に一戸建てを買うまでに住むところという想定で作ったのです。ある程度そこに住んでお金が溜まったら出て行くのです」
 と言う。
 やはり、設計者はそこで人が死ぬということを想定していなかったのです。しかし、いくら若夫婦が住むといっても、何千人も住む団地で人が死なないはずはありません。
 にもかかわらず、死を想定していない。これはまさに都市化の象徴ではないでしょうか。ここでいう都市とは自然の対義語として使っています。人間が死ぬということは自然の摂理です。
 都市はそういう自然を排除していくことで作り上げられました。人間の脳が考えたものが形となって現れたのが都市です。
 そこでわざわざ飛び降り自殺をする人が絶えないというのは、一種の復讐のような行為と解釈することが出来ないでしょうか。「一体、なんておかしなものを作ってくれたんだ」ということなのです。

 本書では、死にまつわる問題をさまざまな形で取り上げています。現代人は往々にして死の問題を考えないようにしがちです。しかし、それは生きていくうえでは決して避けられない問題なのです。

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