1985年


 まえがき

 歴史は普通、縦に読むものである。歴史について書かれたものの大部分は、人物なり国家なり集団なりが、時間の経過に沿ってどんな風に変化していくかをたどるものである。
 それに対し、たまには歴史を横に読んでみてはどうか、というのが本書の試みである。歴史上のある年を取り上げて、政治、経済、社会、文化などさまざまな面から描き出してみよう。縦に読むときとは違い、新鮮な景色が見えるであろうし、意外な発見があるかもしれない。最悪でも、いささかの懐古趣味を満足させることは出来るだろう。
 回顧する年として1985年を選んでみた。今からちょうど20年前ということになる。幸いなことに、1985年は掛け値なしに面白い年であった。他の年では、こうも豊富な材料を拾い上げることは不可能であったに違いない。経済史上の大事件であるプラザ合意、ゴルバチョフの登場、科学万博―つくば'85の開催、阪神タイガースの優勝まで、さまざまな事象がそれぞれの音色を奏でている。歴史を横に読むとは、それらが織り成すオーケストラに耳を傾けるようなものだ。1985年に流れていた旋律を、7つのアングルから再現することは、七面倒ではあったけれども心弾む体験だった。
 1985年が現代史の中でどういう意味を持っていたか、あるいは日本はそこでどうすべきであったかといった議論には、筆者はあまり関心がない。「死んだ子の年を数える」の喩えどおり、20年前の行為を悔やむのはあまりにも手遅れである。大局的な歴史観からすれば、起こってからまだ日が浅く、評価が定まっていない出来事も少なくない。その反面、同時代史の一部と見るにはやや古く、なおかつ誰もが少しずつ記憶違いをしている。それが20年という時間である。読者にはまず、その距離を少しでも埋めて、「ああ、そうだったか」という気分を味わってほしいと思う。
 本書は、1985年当時、筆者の上司であった故・藤原正邦さんに捧げたい。日商岩井広報室の副室長であった藤原さんは、奥様を御巣鷹山の日航機事故で亡くされ、ご本人も後を追うように1990年にガンで亡くなられた。サラリーマンとしての駆け出し時代を、藤原さんの下で過ごせたことは、筆者にとって大きな幸運であった。その後のサラリーマン人生が大過なきものであったとすれば、それは「易しい問題は易しく解きなさい」という藤原さんの教えが身体のどこかに残っているからであろう。
 本書も「易しい内容を易しく書く」つもりで作業した。それが成功しているかどうかについては、読者による評価を待たなければならない。また、本書中の記述に関して誤りがあればご叱正を賜りたい。なにしろ本書の執筆作業中にも、筆者自身の記憶違いの多さに自分でも唖然としたくらいなので。

2005年7月 吉崎達彦