はじめに
いま、日本の医療は崩壊の危機に瀕しています。
近年、医療をめぐる事故や紛争について多くの報道がなされるようになりました。それを機に、社会の医療に対する態度が大きく変化しました。患者あるいは家族の告発で医師が逮捕され、事件として立件されることが増えています。一部に問題のある医師がいることを否定するものではありません。しかし、社会の側にも問題がある。日本人を律してきた考え方の土台が崩れています。死生観が失われました。生きるための覚悟がなくなり、不安が心を支配しています。不確実なことをそのまま受け入れる大人の余裕と諦観が失われました。このため、本邦では医療のみならず、専門家と非専門家の齟齬が、社会の正常で円滑な運営の障害となっています。本書では、社会を支える基本的な考え方についての齟齬を、可能な限り偏見から自由になる努力をしつつ、凝視したいと思います。一部の方は不愉快に思われるかもしれませんが、その際には、不愉快の根源をどうかお考えいただきたい。
二〇〇六年五月、私は『医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か』という本を朝日新聞社から出版しました。現場の医師として検察に提出した意見書を一般向けに書き直したものです。死生観、医療、法制度、社会について、概念的なことと、現場での具体例を意識的に行ったり来たりしながら、日本の医療が置かれた危機的状況の全体像を提示し、崩壊を防ぐための対策を提案しました。〇四年に出版した『慈恵医大青戸病院事件 医療の構造と実践的倫理』(日本経済評論社)の続編といってもよいものです。
〇二年十二月八日、慈恵医大青戸病院で一ヶ月前に前立腺がんに対する腹腔鏡手術を受けた患者が、低酸素脳症のために死亡しました。翌年九月に同病院の医師三名が逮捕されると、新聞、テレビはもちろん、週刊誌などでも事件として大々的に取り上げられました。数日間つづいた嵐のようなバッシングで、彼らは極悪非道の医師として国民の脳裏に刻印されたのです。このとき私は、一連の報道に含まれる悪意と理性的判断の欠如に大きな衝撃を受けました。
後日入手した慈恵医大の事故報告書を熟読検討したところでは、患者の死の直接原因は、病院の輸血業務のミスが四件重なったためでした。輸血さえ適切に実施されていれば、患者が死ななかったことは間違いありません。最終的な輸血量も、それほど多くはなかったのです。
事件の背景に、「新しい医療」をやりたがる大学病院の体質があったのは事実です。しかしそれは文部科学省、学会、大学の体質に深く根ざした構造的な問題であって、決して逮捕された医師個人の犯罪として片づけられるものではない。言い換えれば、これは、どこの大学でも起こり得たことなのです。
私は、このままではリスクの高い医療を引き受ける医師がいなくなるのではないか、と強い危機感を覚えました。日本の医療を守っていくためには、医療提供者側の努力だけではなく、患者、司法、メディアなど、社会の側にも医療に対する認識を変更してもらう必要があると感じました。 |
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