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青い巨塔――人気作家の秘められた(?)青春時代が甦る。

 エンターテインメント小説の一大潮流をなしているのが、医療サスペンス。2003年、衝撃作『廃用身』で作家デビューした久坂部羊さんはその旗手のひとりで、先ごろ、『無痛』『破裂』二作品がTVドラマ化されたことでも、注目を集めました。

 久坂部さんは大阪府堺市の出身。一年間の浪人生活を経て、大阪大学医学部に通いはじめました。

 阪大医学部は漫画界の巨星・手塚治虫さんの母校としても知られています。山崎豊子さんの傑作長編『白い巨塔』(作中では浪速大学)では、優れたメス扱いで名を馳せる外科医、戝前五郎の野望の舞台として描かれました。

 当時、同学部は大阪市の中之島地区にあり、浪人時代の予備校もその界隈にあったところから、久坂部羊さんの青春はまさに中之島と共にあったといえます。本書『ブラック・ジャックは遠かった―阪大医学生ふらふら青春記―』は、彼が中之島時代をふりかえって描いたエッセイ集です。

 ドーナツ屋でバイトをしたり、クラブ活動のサッカーに熱中したり、ダンスパーティで女性にどぎまぎしたり、都会生活を謳歌しながらも、医学生としては、否応なしに人間の生と死に向き合わざるを得ません。

 臨床医学の実習前に担当指導医から
「君たちは学生だが、診察させてもらうかぎりは、医師としてふるまわなければならない。従って、お互いを『先生』と呼ぶように」
と告げられ、何とも奇妙な感じを抱いたそうです。

 本書には、その後の経験と当時味わった想いが、誠実に、正直に、描かれています。
 医学生・研修医時代の苦悩や疑問が、作家としての原点となったことは間違いありません――。

                   *

 と、ここまで、ごくマジメに紹介してしまいましたが、そこは長い歴史に培われたユーモアで知られる大阪人であり、著者のサービス精神も作品から感じられるとおり。笑いどころが満載なのです。

 久坂部ファンはもとより、「医師とはどのような人々なのか」を知りたいみなさんにも、このエッセイを自信を持ってオススメします。


 

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2016年02月15日   今月の1冊
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