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登場人物全員悪人!? 新潮文庫のイチオシ『北氷洋―The North Water―』はいろいろ濃すぎる!

 すでに海外エンタメ好きの読者からは、じわじわと好評を得つつある9月新刊の『北氷洋―The North Water―』。この本の魅力を一言で説明するならば、「一冊で何冊分も楽しめる」ということ。これに尽きます。
北氷洋―The North Water― イアン・マグワイア北氷洋―The North Water―

 あらすじを簡単にご説明しますと、19世紀半ば、若き船医が乗り込んだ捕鯨船の中で殺人が起き、やがて船も遭難し......というもの。新潮文庫としては、「海洋サバイバル・サスペンス」という側面をアピールしておりますが、この要素だけでは本作の面白さを伝えきれていないのが悔しいです。
 担当編集者が魅力を感じたのが、本作のサイコでノワールな要素。まず主人公のサムナー自身が、戦争のトラウマを抱えたアヘン中毒者。捕鯨船の船員たちも、猟奇殺人者に性倒錯者に詐欺師......と、まさに「登場人物全員悪人!」と言いたくなる奴らです。著者がやたらに血や膿や脂や糞尿について描写するところも、好事家にはたまらない?
一方でこの小説には、また違った読みどころもございます。

 本作は、アメリカの権威ある批評家ミチコ・カクタニに絶賛され、ブッカー賞の候補にもなり、ニューヨーク・タイムズのベストフィクションのうちの1冊にも選ばれて......と、英米ではどちらかというと正統派の純文学として受け入れられました。メルヴィルの『白鯨』やコンラッドの『闇の奥』にたとえられたりもしています。
 確かにこの作品、人間のむき出しの欲望を生々しく描きながらも、その格調高い文章からは古典文学の香りが漂ってきます。 
 それもそのはず、著者のイアン・マグワイアは、英国の名門マンチェスター大学で創作と批評を教えている先生。ホイットマンやメルヴィルの研究者でもあり、彼の想像力の源には古典文学についての深い教養があるのは間違いないでしょう。
 そんな彼が、本気で読者を楽しませようと小説を書いてみた......それがこの『北氷洋―The North Water―』なのです。
「続きが早く知りたい」という娯楽的興味で物語を追っていくうちに、生と死について、人間と自然について、神の存在について、といったスケールの大きなことを考えさせられている。まるで、めちゃくちゃ面白いミステリ小説と、最高にスリリングな冒険小説と、長い間読み継がれてきた古典作品を、三冊同時に読んでいるような、ある意味お得な読書体験ができる作品です。秋の夜長にぜひどうぞ。

おしゃれな人が書いたおしゃれな小説。そんな先入観が覆ります。
 押切もえさんが初めて文芸誌(「小説新潮」)に発表した連作短編をまとめた『永遠とは違う一日』。2016年の山本周五郎賞の候補にもなり、話題を集めました。
 十数年前、「CanCam」が80万部を超える部数を誇り社会現象にもなっていた頃、私(担当編集)は大学生でしたが、どこからどう見ても「CanCam」系ではなかったので、表紙を飾っていた押切さんのこともどこか遠い存在に感じていました。

永遠とは違う一日 押切もえ永遠とは違う一日

『永遠とは違う一日』の単行本が刊行された際も、「きっと、おしゃれでポジティブな小説でしょ......」と先入観を抱いていました(卑屈、かつ失礼極まりないですよね......)。
 でも、読んでみて驚きました。繊細で的確な文章と、時代を敏感に捉えたテーマ、そして、モデル、スタイリスト、女子アナなど華やかな職業の女性たちが、自分と同じようなことに悩み、葛藤し、不器用に奮闘している姿に。

 ファッション誌に登場するような「キラキラ」な女性たちも、実は数多の挫折を味わっていること。それでも力強く、キラキラした姿を私たちに見せてくれていることを実感しました。

 なかでも、5編目に収録されている「バラードと月色のネイル」は忘れがたい作品です。この短編を読んで、全6編がこの一冊に収められている意味を知るとともに、押切さんの小説家としての構成力や企みに驚嘆し、大げさでなく、本を持つ手が震えました。

 非「CanCam」女子だった私ですが、いまいちばん次回作が待ち遠しい作家は押切もえさんです。「CanCam」を愛読し、押切さんを応援し続けてきた方はもちろんですが、私のような方にもぜひ読んでいただきたい一冊です。

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2018年09月15日   お知らせ / 今月の1冊
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