世界各地へと拡散する新たな資源ナショナリズム
突然外資追い出しに動いたチャド
昨年当たりから顕著となっていた新たな資源ナショナリズムが、世界各地に広がりつつある。例えば、2003年以降、エクソンモービルの率いる企業連合(同社40%、シェブロンテキサコ30%、ペトロナス30%)が石油の生産・輸出を行ってきたチャドで異変が起きている。2006年5月に3選を果たしたイドリス・デビ大統領が、8月26日、国営放送を通じて「シェブロンテキサコとペトロナスは法人税の支払いを拒んだので1週間以内にチャドを去らねばならない」と述べ、両社に国外退去を迫った。さらに同大統領は「両社が行ってきた石油生産は国家が責任を持って引き継ぐ」と語り、設立準備中のチャドの国営石油会社を事業に参画する意向を鮮明化したのである。
チャド政府の理不尽な要請を受けたマレーシアのアブドゥラ・アフマド・バダウィ首相は、翌27日、「ハッサン・メリカン・ペトロナス総裁がチャド事務所を通じて情報収集に当たっている」と語り、ひとまず真相の究明に乗り出す方針を示した。また同社広報部長も「デビ・チャド大統領の発表についてはコメント出来ない」と語り、取りあえず同国を刺激することなく情報を集めた後で対応を決るとの姿勢を貫いている。他方、米国系メジャーズのシェブロンテキサスは「我が社は納税義務を完璧に果たしており、チャド政府から何ら公式通知を受けていない」と強気の声明を発表し全面的に反論した。しかし、そのシェブロンテキサコは突然の要求を突きつけられてから3日後の8月29日、税金問題でチャド政府から営業停止命令を受け取ったことを確認している。他方、今回の発表が強行されればチャドでの唯一の操業会社となるかもしれないエクソンモービルの広報部長は、「我が社は何の通知も受けていないし、エクソンモービルの子会社であるエクソンチャドは国外退去を求められていない」と、静観の構えを示すような内容のコメントを発表している。
実は、現在の外国操業企業との契約では、チャド政府は企業連合の石油生産に関して一切権益を有しておらず、単にロイヤルティーや税金を徴収しているに過ぎない。あまりに唐突といえる今回のイドリス・デビ大統領の今回の動きについて、石油専門家の多くは、企業連合の保有する石油権益の奪取を狙った手荒な措置ではないかと分析している。実際こうした見方を裏付けるよう同大統領は国内の集会で「我が国は60%という合理的な水準まで石油生産に参入しなければならない」と語り、これまで外資が独占してきた石油権益に参画する意欲を滲ませている。
仮にこうした分析が正しいとすれば、ロシアや中南米で顕在化した産油国での資源ナショナリズムの嵐がアフリカにまで及んだことを意味するもので、原油価格の高止まりを後押しする材料がまた一つ増えたといえそうだ。
収益税率を引き上げたベネズエラと環境を理由に建設停止のサハリン2事業
チャベス大統領の反米的な言動が目立つベネズエラの国会は2006年8月29日、歳入増加策の一環として原油の収益税率をこれまでの34%から50%に引き上げる改正法案を承認した。今回の収益税率の引き上げは原油部門全体に適用されるものだが、大半の事業では既に税率が50%に引き上げられていることもあり、実際に最も影響を受けるのはオリノコ川流域での重質油生産に従事する4つの事業ということになろう。ちなみに、オリノコ川流域の重質油生産事業は、エクソンモービル、シェブロン、コノコフィリップス、トタル、スタトイルが従事する4事業合計で62万b/dの生産を目指している。ベネズエラ政府は今回の改正によって8億ドル程度の歳入増につながると試算している。
チャベス・ベネズエラ大統領は8月30日、レバノン危機でイスラエルを手こずらせたヒズボラの後ろ盾とされるシリアを訪問し、アサド大統領と会談している。チャベス大統領は会談後の記者会見で「シリアとベネズエラは米国の帝国主義に反対しているという点で同じ立場に立っている」と語り、テロ支援国として米国の一方的な制裁を受けているシリアの立場に理解を示した。
2006年8月28日付のロシアのコメルサント紙は、サハリン州沖の石油・天然ガス開発計画の「サハリン2」の陸上パイプライン建設が、ロシア天然資源監督局による環境対策面が十分ではないとの警告に基づいて一時停止されたとの趣旨の記事を掲載した。周知のように「サハリン2」事業の運営主体はロイヤル・ダッチ・シェル、三井物産、三菱商事の3社が出資したサハリン・エナジーあるものの、ロシアの政府系独占企業であるガスプロムが経営参加に意欲を示している。
ちなみに、今回の記事を掲載したコメルサント紙は、建設停止という事態に発展すれば事業主体の企業価値の低下は避けられないと思われるので、新たに株式取得を目指すガスプロムにとっては有利な環境が生まれることになる、とも論評している。実際、ロシア紙の記事が掲載された2日後の8月30日には、ロシア天然資源省がサハリン・エナジーに対して直接、計画の見直しを命じる事態となっている。同省は声明を発表し「陸上パイプラインの建設は環境要件を充足し、科学者・独立系環境団体との協議を経て事業の再検討を図った後でようやく再開できる」と述べている。
サハリン2事業については、エンジニアリング会社の現地の作業労働者の労働条件が優れないといった問題も指摘されていた。それだけに、今回の警告も単に環境面を懸念したものであるのかもしれない。ただし、資源保有国の新たな権利要求の動きが世界各地で見られる時だけに、ロシアの動きは気になる。
改革・開放派アルジェリアも豹変か?
これまで外資への開放政策を採ってきたアルジェリアが2006年9月9日、官報を通じて外国エネルギー企業の参入条件を厳しくすると共に新税を課すことを明らかにし、関係者を慌てさせている。官報によれば、今回のエネルギー法の改正によって如何なる探査・生産事業においても国営炭化水素公社のソナトラックが株式の51%超を保有することが義務付けられたほか、油価(北海ブレント)が1バレル当たり30ドル超で推移する限り、5%~50%の新税が課せされることとなった。
そもそもアルジェリアは外資による投資を増加させようと2005年7月、ソナトラックの役割を低下させ、その分外国企業の役割を高める内容の開放的なエネルギー法を新たに承認していた。但し、その後、原油価格が引き続き高水準で推移したために生産量の拡大によるエネルギー収入の増大の必要性が低下したこともあって、1年後の2006年7月にはソナトラックの役割を守り、石油を将来世代のために出来る限り地中に置いておくとの方針に変更することが明らかにされてはいた。
アルジェリアで発行のフランス語紙アル・ワタンの石油専門家リエス・サハル氏は「エネルギー法を改正するとの考えの背後には、明らかにエネルギー部門を再度掌握しアルジェリアの国際的な立場を強化するとの思惑が潜んでいる」「アルジェリアに進出している外国企業は高利益を挙げ続けようが、今後の法人税について懸念していることであろう」とコメントしている。
ある進出外国企業の役員は「悪魔は細部に潜んでいる」「法人税率5%という低率をどのような基準で適用するのか、或いはソナトラックの持株比率が99%にならないためにはどうしたらよいのかを含めて、今回の改正については山ほど聞きたいことがある」と疑問点を口にしている。但し、別の外国企業の役員は「今回の改正は主として石油を対象にしているように思えるが、ガスについてはどうなるのだろうか」とガス部門も石油部門と同様に取り扱われることになるのか否かを注視している。
今回の突然の改正は、ボリビアから始まって英国、ロシア、ベネズエラ、チャド等で高揚する資源ナショナリズムが中東・北アフリカに及んだ最初の例といえそうだ。石油・ガス埋蔵量の豊富な中東・北アフリカのその他産油国・産ガス国に同様の動きが広まらないことを願いたい。
(財)国際開発センター
エネルギー・環境室
研究顧問
畑中美樹
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ここに掲載された内容は各筆者の見解であり、(財)国際開発センター、あるいは新潮社フォーサイト編集部の見解ではありません。
(財)国際開発センターのホームページでは、イラン、イラク、サウジアラビア、リビア等に焦点を当てた「最近の中東・エネルギー情勢から」を掲載しています。