シリコンバレーからの手紙125

「ビスタ」を無意味にするグーグル「二つ目の顔」
 グーグルには二つの顔がある。
 一つ目の顔は「世界中の情報を整理し尽くす」というビジョンを体現する検索エンジンの会社、ネット産業の覇者で超高収益企業という顔である。
「新しい時代を象徴するグーグルとはいったい何者なのか。次号から何回かにわたって、このテーマをめぐって考えていきたいと思う」
 連載第八十八回(二〇〇四年一月号)でこう書いて以来、「何回か」ではぜんぜん終わらず、「グーグルが何者なのか」は本欄におけるメインテーマであり続けている。おそらくこれからもかなり長くそうであろう。
 二〇〇四年初頭から、同年夏の株式公開を経て、〇六年秋のユーチューブ買収にいたる、このわずか三年間のグーグルの急成長は、ビジネス史に類例を見ない勢いで、直近4四半期の売上高合計はついに一兆円を越えてしまった。ハードウェアの量産もしない、フランチャイズ方式での全世界展開もしない、巨大事業の買収もしない。それで創業(一九九八年)から十年未満での高収益一兆円事業の構築とは、まったく前例がない。
 ただ私が「一つ目の顔」に関連していま強調しておきたいのは、グーグルという会社が、それだけの巨大企業になってもなお、相変わらず変なことをし続けているということだ。
「検索サービス最大手の米グーグルと米航空宇宙局(NASA)は十八日、NASAが持つデータの活用などで協力すると発表した。まずリアルタイムの気象情報を提供するほか、火星や月の立体映像などをグーグルのインターネット技術を使って公開(中略)する」(日本経済新聞〇六年十二月二十日)
 気象情報までは地球閲覧サービス「グーグル・アース」にいずれ組み込む意図とわかるが、月や火星の立体画像とは……。人類の過去の叡智(世界中の図書館の本)をすべてスキャンして読み込む「グーグル・ブックサーチ」プロジェクトもそうなのだが、グーグルを見ているといつも「なぜ山にのぼるのか」「いや、そこに山があるから」という問答を思い出す。この会社の特異性は、「整理されていない情報がこの世に存在することを許さぬ」という異様とも言うべき強固な意志である。
 さてグーグルの二つ目の顔とは、コンピュータ産業の構造を「あるべき姿」に作り直すという意志を持った企業だということである。
 以下述べることは、グーグルを除くネット列強たるヤフー、eベイ、アマゾンには全くあてはまらない(彼らはそんな意志を毛ほども持たない)。一方、グーグルCEO(最高経営責任者)のエリック・シュミットはことあるごとに「グーグルという会社は、コンピュータ・サイエンティストによって経営されている会社だ」という言葉を発するのだが、それは自らがシリコンバレーの保守本流なのだという強烈な自負の現れである。
 英エコノミスト誌「TheWorld in 2007」特別号への寄稿でシュミットは、「情報もアプリケーションも、個々のコンピュータ上ではなく、拡散したサイバースペース大気圏の中から提供される『クラウド(雲)・コンピューティング』の時代に入ろうとしているのだ」と書く。よく私たちはインターネットを図示するとき雲のような絵を描くが、クラウドとはネットの「あちら側」のことである。「こちら側」のパソコンに情報やアプリケーションを持たずとも「あちら側」からすべて提供されるようになるのが「コンピュータ・サイエンスの進化のあるべき姿」とグーグルは信ずるのだ。シュミットは続けて「The network will truly be the computer.」(ネットワークが真にコンピュータになる)とこの文章を結ぶ。
 この「The network is the computer.」とは、サン・マイクロシステムズが一九八二年創業時から標榜していた、じつに画期的なビジョンなのである。最近でこそ業績が低迷しているが、サンはコンピュータ・サイエンスの進歩の流れを産業に正しく反映させようと努力し続けてきた会社だ。シュミットは博士号を取ったあと一九八三年にサンに入社し、CTO(最高技術責任者)まで昇りつめ、その思想を体現した人なのである。
 ところで、シュミットの言う「クラウド・コンピューティング」の「拡散したサイバースペース大気圏」とはいったいどこにあるのか。むろん宇宙空間にあるわけもなく、地上のデータセンターの中にある。グーグルはいま莫大な土地を買い集め、巨大なデータセンターを地球上にいくつも建て、それらを高速ネットワークで結ぶ突貫工事を続けている。グーグルの設備投資額は二〇〇五年下期から急増しているのだが、二〇〇七年は、年間三千億円に及ぶ設備投資が行なわれよう。
 そしてこの投資によってできあがる「あちら側」の「グーグル・クラウド」によって、「こちら側」に今年投入されるマイクロソフトの新OS「ビスタ」を無意味にしてしまおうという企図を持つ。これがグーグルの「二つ目の顔」なのである。
梅田 望夫 
 
梅田望夫 うめだ・もちお
●ミューズ・アソシエイツ社長。1960年東京生れ。94年渡米、97年コンサルティング会社ミューズ・アソシエイツを起業。著書に『ウェブ進化論』(ちくま新書)、『ウェブ時代をゆく』(同)、『ウェブ時代 5つの定理』(文藝春秋)、『ウェブ人間論』(共著、新潮新書)など。メジャーリーグの野球、そして将棋の熱烈なファン。


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