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二〇〇〇年八月にパシフィカファンドを共同創設した。「もう七年か」と思い始めた矢先の七月九日、嬉しい大ニュースが飛び込んできた。ファンドの投資先・ポスティーニ(Postini)社をグーグルが大きな資金を投じて買収したのである。
「インターネット検索最大手の米グーグルは九日、電子メールなどのセキュリティー対策サービスを展開するポスティーニ(カリフォルニア州)を六億二千五百万ドル(約七百七十億円)で買収すると発表した」(日本経済新聞七月十日夕刊)
私たちは二〇〇一年十月十六日、同時多発テロから一カ月経過したばかりの「どん底」のとき、シリコンバレー再生を祈るような気持ちも込めて、ポスティーニに投資したのだった。当時のポスティーニは年間売上高も五十万ドル足らず。もちろんまだ黒字は出ていなかった。
しかし私たちは、創業者シンヤ・アカミネ(日系アメリカ人、ルーツは沖縄)の才能とエネルギーに賭けて同社への投資を決心した。「どん底のときにこそ仕込むもの」と頭ではわかっていても、いざ自分の問題として対処するとなると、その難しさを痛感したのをよく覚えている。それだけにこのたびのニュースには感慨もひとしおなのだが、一つだけ残念だったのは、シンヤが既に同社を去っており、この成功の歓喜の渦の中にいないことだった。
ポスティーニの年間売上げが五千万ドルを超え、株式公開または大型買収という出口が見え始めた頃、同社取締役会は「ゼロから事業を立ち上げるリーダーとしてのシンヤの役割は終わった」と判断し、彼に代え、公開企業の経営経験もあるベテラン経営者をスカウトすると決めたのだ。
私は公開企業となったポスティーニをシンヤが経営する姿を夢見ていたから、「ベンチャーでは成長過程ごとに違うタイプのリーダーを必要とする」とまたまた頭ではわかっていても、この取締役会の決定に不服だった。しかし今になって考えてみると、市況を読みながら株式公開時期を探りつつ、同時に複数の買収側候補との交渉を続ける老獪なマネジメントを、ポスティーニを我が子のように思うシンヤに果たして出来ただろうか、と正直なところ思ったりもする。
パシフィカファンドを創設して七年。ポスティーニは私たちにとって初めての目に見える大きな成功である。さらに来年から再来年にかけて株式公開または大型買収が期待できる投資先が少なくとも二社はあり、長かったけれどようやくここまで来たかという気持ちだ。
「フローのビジネスとストックのビジネスはまったく違うものだ。ベンチャーキャピタルを始める以上、その違いを肝に銘じておかなければいけないよ」
ファンド創設にあたって、投資銀行を営む人生の大先輩に言われたこの言葉を、私は七年の間に何度反芻(はんすう)したことだろう。彼の言葉の定義における「フローのビジネス」とは、案件ごと短期的に仕事のけりがつき、その都度報酬が入ってくる、成功や失敗が小刻みに確認できる事業のこと。一方「ストックのビジネス」とは、さまざまな努力を一つの大きな穴の中に放り込み続け、いつかその穴の中で化学変化が起き、何かが大きく噴き上がってくるのを待つような事業だ。その過程では、事業の成功も失敗も明らかにならず、仕事のけりもつかない。
大先輩の言葉の意図は、経営コンサルティングという「フローのビジネス」経験しかない私に、ベンチャーキャピタルという「ストックのビジネス」に必要な覚悟を促すものだった。たとえば「ベンチャー企業を分析して評価する」といった日常の仕事の一部が仮に同じであっても、二つは全く性格の違う事業なのだから甘くみてはいけないよという助言だったのだ。
彼の言葉を身体で理解したのは、ネットバブル崩壊(二〇〇〇年末)、同時多発テロ(〇一年九月)、エンロンの不正経理発覚から破綻(〇一年末)、ワールドコム破綻(〇二年七月)、そしてイラク戦争(〇三年三月から)へと、どこまで落ちていくのか先行きがまったく見えない米国の経済状況下で、何をやっても「こういう成果が出ました」と自信を持って言うことができない日々が続いていたときである。
「フローのビジネス」は、どんな経済状況においても契約さえ結び仕事を遂行しさえすれば、その都度達成感があって前に進んでいる感覚がある。しかし「ストックのビジネス」にはそれがぜんぜんない。嵐の中で同じところをぐるぐると回る船に乗っているようだった。なるほど、この精神的重圧に耐えることが「ストックのビジネス」の要諦なのかと、私はそのときになって真意を理解したのだった。
ポスティーニの成功はまだほんの途中経過に過ぎない。さらにあと何年間か大きな穴の中にいろいろと放り込みながら、何かが噴き上がってくるのを待つつもりだ。そしてすべて終わったところで、「フローのビジネス」と「ストックのビジネス」のいずれが私に向いていたのかを判断しようと思う。
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| 梅田 望夫 |
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| 梅田望夫 うめだ・もちお |
| ●ミューズ・アソシエイツ社長。1960年東京生れ。94年渡米、97年コンサルティング会社ミューズ・アソシエイツを起業。著書に『ウェブ進化論』(ちくま新書)、『ウェブ時代をゆく』(同)、『ウェブ時代 5つの定理』(文藝春秋)、『ウェブ人間論』(共著、新潮新書)など。メジャーリーグの野球、そして将棋の熱烈なファン。 |
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