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デブラ・ディーン『エルミタージュの聖母』(PHP研究所)

 記憶と忘却の間

 前回、『戦火のシンフォニー レニングラード封鎖345日目の真実』(ひのまどか、新潮社)について書きながら、どうしても読み返したくなったのが本書です。約900日に及んだドイツ軍によるレニングラード包囲戦のさなかに、ショスタコーヴィチの新作「交響曲第七番〈レニングラード〉」の初演を敢行した音楽家たちの不屈の精神を描いたドキュメントが前者なら、本書は同じ時期にエルミタージュ美術館のツアーガイドをしていた女性の苦難と“再生”の物語です。

 主人公は、アメリカ北西部のシアトルに住む86歳のマリーナ。彼女は夫のドミトリとともに、息子の家で行われる孫娘の結婚式に出かけようとしています。アリゾナ州に住む娘が迎えに現れますが、実はマリーナは認知症を患っていて、わが娘のことですら思い出すのが心許ない状態です。

 自分に何が起こっているのか、マリーナは理解しています。ただ、彼女が思い出せないのは「近い過去の、未だ熟していない記憶だけ」。

〈遠い昔は、その思い出は、いまもしっかりと保たれている。保たれているどころか、六十数年前にレニングラードで起こった出来事は、いまも鮮明に、圧倒的な生々しさをもって脳裏に蘇るのだ〉

 一方、娘のヘレンは両親のことをよく知りません。なぜなら彼らの過去について、親たちからほとんど聞かされていないのです。

〈だからヘレンは、当時何があったのかについて、ごくおおまかな知識しかない。父は兵士、母は戦時下の花嫁で、レニングラードがナチスドイツに包囲されて、市中に閉じ込められた。二人はともに、最後にはドイツにいて、そこで再会した。これだけだ〉

 独ソ戦が始まった時、マリーナはエルミタージュ美術館でツアーガイドをしていました。2年間、小中学生や工場労働者のグループを案内していましたが、ドイツ軍の侵攻が始まるや否や、職員はこぞって収蔵品を移送させる作業に取りかかります。何週間にもわたって、ほとんど不眠不休で収蔵品を疎開させるための梱包作業が続きます。空襲を避けて、美術館の2000名近いスタッフとその家族は、美術館の地下室に移り住みました。

 しかし、封鎖が始まるとともに、次第に食糧が尽き、飢えと寒さが押し寄せます。推定では130~150万人の市民が犠牲になったと言われる過酷な状況が、この先彼らを待ち受けていました。狭い地下壕に押し込められ、言葉では言い尽くせないような窮乏生活が続きます。人民志願兵として戦地に赴いた恋人ドミトリの消息も不明のままでした。

 配給されるのは、小さなパンが日に3個。色も形も小石のようなパン。時折、凍ったジャガイモ。壁を塗り直すために購入してあった亜麻仁油でジャガイモを揚げていましたが、やがて亜麻仁油もジャガイモもなくなると、額縁を貼り合わせるのに使う膠(にかわ)でゼリーを作り、それを食べました。

 収蔵品がすっかり運び出された後の美術館は、抜け殻同然になりました。マリーナにはもう案内する相手も、見せる物もありません。

〈壁には、空っぽの額が、絵画がいつかは帰ってくる証として、掛けられたままになっている。部屋に入るたびにマリーナは、そこに掛かっている額に入っていた絵を思い出せるだけ思い出して、それぞれの額に戻していく。四角い空っぽの額の前を、幽霊のように移動しながら、そのなかに納まっていた絵を、そらで描写していく〉

 彼女の日課は、エルミタージュという「記憶の宮殿」を作ることに変わりました。11歳の時、両親が国家反逆罪の疑いで逮捕され、その後、彼女の身元引受人となった叔父夫妻が衰弱死してからは、この「宮殿」を完成させること――エルミタージュの幻影を生きることこそが彼女の“使命”となったのです。

 やがて捕虜としてドイツの収容所にいたドミトリと奇跡的な再会を果たします。二人はスターリン体制下の母国に将来がないことを悟り(捕虜になることは帰国後の“死”を意味していました)、アメリカに亡命して新生活を始めます。過去とはきっぱり訣別し、戦争中の話はタブーとなりました。

 それでも、二人の間はそれで良かったのです。生き残った者同士。「ここでは彼女が彼の祖国であり、彼が彼女の祖国だった。二人は不可分」なのでした。ただ、もうひとつの彼女の“存在の核心”だった「記憶の宮殿」は封印されたままでした。そしていまや、その「宮殿」自体を、認知症という病が徐々に蝕もうとしています。

 しかし、この小説に驚くべき省察を見るのは、ここからの展開です。マリーナには、認知症の結果として、思いがけない“贈り物”が用意されていました。

〈一度、ドミトリに、お茶の入ったグラスに見る果てしのない美しさのことを教えようとしたことがある。光の名残が埋めこまれた琥珀のようで、それをある角度で掲げると、虹が浮かび、まさに息を呑む美しさなのだ〉

 あるいは「緑」――。「これは、言葉ではとても表現できない」美しさ。

〈葉を親指と人差し指でつまみ、目の前にかざす。息を呑むほどに美しい。この世界に萌え出た最初の緑。創造の光がいまも内側から輝いている。彼女はじっくりと観察する。時間が遠のいていき、その彼方に、彼女が浮かんでいる。心はいま目にしているものに、すっかり奪われている。どれだけの時間がすぎたのか、誰にもわからない。彼女は時間という軛(くびき)を超越していた〉

「この、ゆるやかな自己浸食にも、よいことはある」とあります。いま、この瞬間、目に触れた小さな喜びに焦点を合わせ、「生まれて初めて目にするものであるかのように、見ることができる」マリーナ。

〈日々、世界は清新に生まれ変わる。彼女はそれを、その自然のままの強さを、小さな赤ん坊のように、吸収する。何かが胸の中で膨らむのを感じる。喜びか、哀しみか。結局、その二つは不可分なのだ。世界は、悲惨なことはたくさんあっても、信じがたいほどに美しい〉

 戦争中、美術館に留まったマリーナは、赤軍の少年兵たちを案内していました。館内はもぬけの殻。窓はすべて爆風で粉々に砕け、手すりの金箔は輝きを失い、天井からはがれ落ちたペンキの薄片が、足もとに散らばっています。あまりの荒廃に彼女は口ごもりそうになりますが、「少年たちは期待の目で、続きを待っている」のです。

 マリーナは、灯油ランプの灯りを頼りに、額縁だけになったラファエロの「聖家族」の前に立つと、何もない壁を指さしながら、あたかもそこに絵が存在しているかのようにガイドします。「ここには、エルミタージュ美術館の全コレクションのなかでももっとも貴重な絵画が展示されていました。『聖家族』という絵で、作者はラファエロ」、「これは本当に驚くべき作品です。というのも……」と、そこに描かれている三人の人物を順に指さしながら、記憶の中から細かな描写を加えていきます。

〈少年たちは何もない矩形の空間を見つめている。目は焦点が定まらず、夢を見ているようだ。
「頭に光輪がある」年長の一人がつぶやく。
「ええ、そうなの。あるの」マリーナはちょっとびっくりして応える。「前にもここへ来たことがあるの?」
 少年は床に目を伏せる。「いえ、ありません、同志」と小声で言う。「ただ……」言葉に窮し、額の中の空間を示す。
 マリーナは当惑したまま、先を続ける。「ちょっと見ただけでは気がつかないかもしれませんが、たしかに、三人の頭上には光輪があります。ピアノ線のように細い光輪が。まるでラファエロが、彼らをほかのふつうの家族と分けているのは、こんなに細い、ほとんど見えないくらいのものなのだ、と言っているようです。彼らはわたしたちなのかもしれないと」〉

 過去と現在が交錯し、その間を漂う彼女の意識とともに進行する物語は、最後に驚くべき幕切れを用意します。結婚式が行われた島のホテルから、夜中に突然、マリーナが姿を消すのです。そして不安な捜索が続いた30時間後、島の岬に建築中だったある邸宅の暖炉の中で、彼女は無事に発見されます。見つけたのは、屋根葺き職人の青年でした。

 彼によれば、ハーブティーを飲んで少し血色を取り戻した彼女は、笑みを浮かべると、「周囲を見まわしはじめ、最初はこちら、次はあちらと、ほうぼうを指し示しながら、何やらしきりにしゃべっていた」そうです。外国語だし、話の中身は分らないし、見まわしても見るほどの物は何もなさそうなのに、「老女はそれでも執拗に、二つの言葉を繰り返していた」と。

 やがて若者の腕につかまると、彼を案内するように、建てかけの家の中を歩き始めます。床には釘や木片がそこらじゅうに散らばっているので、裸足の老女のことが若者は気が気ではありません。「気をつけて(ルック・アウト)」と言うと、老女はうなずき、目を輝かせると「見て(ルック)」と言って、指さします。「きれいでしょう?」

〈「あの人は、あらゆるところを指さしていたんですよ。あの枯れたマドロナの木から、ガレージに屋根のすきまから射しこんでくる光の束まで」ここで、若者の表情がひどくきまじめなものになった。「まるで、この世のすべてが美しいと言ってるようでしたよ」……「あんたもあそこにいたらと思いますよ」と彼は言った。「あの人はおれに、世界を見せてくれていたんです」〉

 彼女がどのようなツアーガイドをしたかは、読者の想像に委ねられます。ただ、美術館がなくとも、展示品がなくとも、さらに言葉が通じなくとも、大切な何かが伝達されるということをこの結末は語っています。

 逆に言えば、立派なハコがあっても、収蔵品が揃っていても、そして観客の利便性に応じたあらゆるサービスが整っていても、美の心を伝えるには十分ではないということです(*1)。

 作中、美術館の地下壕の中で、ツアーガイドの同僚が、アンナ・アフマートヴァの詩篇を朗読する場面が出てきます。20世紀ロシアを代表する女性詩人がペテルブルクの文学的神話を歌った作品。言うまでもなく、アフマートヴァこそ、革命、戦争、スターリニズムという時代の軋みの中で、公表することを許されず、人々の「記憶」の力によって語り継がれ、守り抜かれた詩人です。「記憶」のページに書きつけられることで、暗い時代を生き延びた証人です(*2)。

 主人公マリーナがエルミタージュのすべてを「記憶の宮殿」に焼きつけようとしていると、美術館の古株アーニャが励まします。学のある人というのは、誰しも「紙に頼りすぎるのよ」と。

〈「この中にあれば、誰も持ってはいけない」とアーニャは額をとんとんと叩く〉


「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)


*1、『エルミタージュの聖母』については、8月1日から始まる「ヨコハマトリエンナーレ2014」のアーティスティック・ディレクターを務める森村泰昌さんが、今回のタイトル「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」を決める際の手がかりにした作品だと語っています。関連記事として、「考える人」春号の森村泰昌「港町ヨコハマから“忘却の海”へ旅に出る」参照。

*2、1930年代に書かれたアフマートヴァの記念碑的作品「レクイエム」は、彼女の存命中、そして死後も長くソビエトでは公刊されず、1988年、ゴルバチョフ政権下でようやく雑誌『オクチャブリ(10月)』に発表されました。『ペテルブルク悲歌 アフマートワの詩的世界』(安井侑子、中央公論社)などを参照。

■来週は1回お休みして、次回の配信は5月8日にいたします。


2014/04/17UP



『赤毛のアン』などの翻訳で知られる村岡花子さんをモデルにした、NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」が好調です。
……

■2014/04/03
特集 海外児童文学ふたたび
■2014/03/20
新連載 猪木武徳 自由をめぐる八つの断章
■2014/03/06
新連載 佐藤卓己「メディア流言」の時代



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