いきなりですが問題です。京都の夏の風物詩「祇園祭」は、(1)いつ(2)どこで行われているでしょう。(1)の答えは、ご存じのとおり「7月」。正確には7月1日から31日までの1か月間だ。大通りを豪華絢爛な鉾や山がゆく山鉾巡行はつとに有名だが、じつはこの祭り、7月は毎日のようにどこかで様々な神事や行事が行われている。なので、(2)は、京都市中のいろんなところ、というのが正解。
しかし、あの半端じゃない暑さを誇る京都の街中のいろんなところで、ひと月にわたって粛々と祭礼行事が執り行われているなんて……。いつ、どこで、なにが、なんのために行われているのだろう。どうも地元の人でも正確に把握はできていないらしいので、観光客たる私たちなどお手上げだ。聞きかじったくらいでは、なんだかよくわからないこの不思議な祭りについて、もっと知りたい。全体を把握したうえで、いつどこでなにを見るべきか、自分なりの目的をもって祇園祭を見てみたい。これがこの本をつくることになった第一の動機である。
それにずっと気になっていたのが、「動く美術館」と称される、山や鉾の装飾のすごさだ。
円山応挙をはじめ錚々たる絵師たちの肉筆画から、中国や朝鮮の織物、ヨーロッパのタペストリー、インドの更紗、中東の絨毯など渡来の染織品まで、なんてバラエティゆたかで、鮮やかで、美しいもので飾り付けているのだろう。絵画、染織品だけではない。謡曲や中国の故事にちなんだ御神体人形あり、みごとな木彫、漆工、錺金具あり。33の山鉾が、競い合うように美をまとっている。
「目の前で世界中の美術品が一堂に見られるのだから、こんな贅沢なことはない」。ある時、古裂を扱う老舗のご主人が、小さい時から毎夏接してきた祇園祭のおかげで美の目を養ってこられたのだ、と話してくれた。では、どんな作品があって、それはどこで見られるのだろう。駅や街中で配られる祭りのパンフレットには書かれていない、祇園祭をめぐるアートについて、もっと知りたい。これが第一の動機を上回る、さらに大きな思いとなっていた。
そうして、京都で活躍する編集プロダクション、
アリカさんの力を借りて、1年以上の取材期間を経て、この本ができあがった。山鉾だけではない、熱気に満ちた神輿渡御、神の使いである稚児、祭りを支える人々、匠の技……。様々な角度から、祇園祭のほぼすべてを詰め込んだつもりである。この未曾有の祭りを見に行こうかな、となった時、手元にあれば心強い、そう思っていただける本になればと願っている。