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評伝―あるひとりの人生を辿る―

作成者:糸糸

その人はどういう生涯を送ったのか。
その人はどこを目指し、何を考え、そしてどう生きたのか――。

作家として翻訳者として編集者として、あふれる才能のすべてを「子ども時代の幸福」に捧げた石井桃子。
エコール・ド・パリの寵児となり、戦争画を描き、日本を去っていった画家、藤田嗣治。
シャープの技術トップとして半導体の開発競争を仕掛け続け、インテル創業者が頼り、ジョブズが憧れ、孫正義を見出した佐々木正。

あるひとりの人生があなたのこれから先の、道しるべとなるかもしれない。

[作家たちの肖像]
■小説家

残酷なまでに、そうした「比類ない愛の神話」を打ち壊した評伝文学の極北に位置する本である。

[川村 湊/「比類ない愛の神話」の解体 「波」2016年11月号より →全文へ]

『森』は作者が八十七歳のときから九十九歳で急逝するまで書きつづけた、千四百枚もの長編小説なのだ。それを聞いただけでも、ふつうの人間はめまいを感じてしまう。

[津島佑子/やはり一種の怪物だった 「波」2011年10月号より →全文へ]

森鴎外の血縁にあたり、大企業の御曹司として生まれた少年はいかなる人生を歩んだのか。

女性にそれとなく「放っておけなさ」を感じさせるのもうまかったんじゃないですか? 荷風先生?

[永井荷風 ひとり暮らしの贅沢|担当編集者のひとこと より →全文へ]

■劇作家、演出家、小説家

あなたはこの本を読んで、つかこうへいという人間に、驚き呆れ、笑い、そして打たれるに違いありません。

[岡野宏文/つかこうへいとその作品の突出した魅力 「波」2015年12月号より →全文へ]

演劇、文学、ドラマ、三つのジャンルにわたって精力的な創作活動をする一方で、戦争、憲法、国家、農業、水などの問題について真摯に発言しつづけた井上ひさし。

孤高の前衛を突き進みながらも真の友情に恵まれた生涯

■評論家

長い文学修行を経て、批評、随筆、小説が三位一体となった無比の境地に到達、豊穣な晩年を過ごした人生の達人・吉田健一の全貌

■児童文学作家、翻訳家

石井桃子には、心の内側に踏み込んでくる者をやんわり拒む一面があったようだ。

[堀江敏幸/空白を埋める試み 「波」2014年7月号より →全文へ]

カナダ人宣教師から友情の証として贈られた一冊の本。それが『赤毛のアン』と村岡花子の運命の出会いだった。

■歌人、俳人

啄木は、そのあまりに短い生涯に多くを苦しみ、多くを愛し、多くを創造し遂げた、きわめて複雑な人物であった。

[松浦寿輝/「非凡な人物」の肖像 「波」2016年3月号より →全文へ]

子規の重要性は、子規が仕事を始めて以来、俳句が博してきた絶大な人気を通して評価することが出来る。

[黒田杏子/「百十一年子規が待っていた人 鬼怒鳴門 「波」2012年9月号より →全文へ]

俳人である永田にとって会社勤めは「つまらん仕事」でしかない。55歳で定年を迎えた永田は、人生の熱意を俳句や書にたっぷり注いで行く。

漂泊の足跡を実地にたどりつつ、歌の読み込みに重点を置き、ゆかりの風物風土の中で味わうことによって自ずと浮かび上がってくる西行の人間的真実。

■編集者

社長・大橋鎭子(しずこ)と共に会社を立ち上げた創刊編集長・花森安治は天才的な男だった。

[芸術家たちの素顔]
■画家・彫刻家

オカッパ頭にロイド眼鏡という特異な風貌とあいまって、フジヤマ、芸者、フジタ、といわれるほど、パリの名物男になったのだ。

[湯原かの子/藤田嗣治の恋文 「波」2006年4月号より →全文へ]

■建築家

言語は感性や思考や規範などすべての基本である。安藤忠雄は、日本語というより「大阪弁」に住んでいるのだ。

[藤塚光政/建築というリングでの戦いを観るように 「波」2016年9月号より →全文へ]

■作曲家

父親とともにヨーロッパの宮廷を歴訪し、喝采と称賛を浴びた神童時代から、病と困窮のうちに死を迎えた不遇の晩年まで――

■俳優

その存在感と去り際、そして長き沈黙ゆえに、彼女の生涯は数多の神話に覆われてきた。真偽の定まらぬままに――

第15回 新潮ドキュメント賞受賞

不器用で寡黙にして義理と人情に厚く、作品にも人に対してもいっさい手を抜かない――死して伝説と化した名優・高倉健。

五歳で女優デビューし、「二十四の瞳」をはじめ数多くの映画に出演。五十五歳で引退後は名随筆家として知られた高峰秀子。

■歌舞伎狂言作者

江戸も末の師走。狂言作者の河竹新七は、我が身を嘆き入水を試みるが果たせず、柳橋のそば屋で不遇を託つ仲間たちと偶然出会う。

■浪曲師

寄席にさえ出してもらえず、野天で上演──貧民窟で生まれ、差別されつづけた浪曲。だが、一人の男が、すべてを変えた。

[時代を創った人物の実像]
■実業家

米相場で破産、没落した家名を再興すべく、松下幸之助は九歳で大阪へ丁稚奉公に出た。事業拡大への飽くなき執念は、妻と始めた家内工業を従業員38万人の一大家電王国へと成長させた。されど、好事魔多し。

クライスラーのボディーを純銀製に仕立てて、1928年、カンヌの自動車エレガンス・コンクールでグランプリを獲得した日本人がいました。薩摩治郎八とその妻、千代子です。

[純銀製のクライスラー|担当編集者のひとこと より →全文へ]

エリート参謀は、どのように無謀な戦争に突っ走っていったのか。なぜ戦後によみがえり、政界の「影のキーマン」となりえたのか。

いつも貧しかったが、決して挫けず、他人に頼らず住み込みで働きながら小学校で英語を学び、行商や翻訳をして大学の学資を稼いだ。

■技術者

ロケット・ササキこと佐々木正こそ、その電卓戦争の指揮官だった。佐々木がシャープに入社した1964年、オールトランジスタの電卓が誕生した。

[成毛眞/シャープの盛衰を決めた「伝説の技術者」 「波」2016年6月号より →全文へ]
第15回 新潮ドキュメント賞最終候補作

■学者

世界恐慌からの回復期にあって、二人の天才はなぜ真っ向から衝突したのか。正しかったのは一体どちらなのか。

ヴェーバーは百年以上も前に、資本主義の行く末を、そして社会主義の運命をも予見していました。

[今こそ、マックス・ヴェーバーを読むべし!|担当編集者のひとこと より →全文へ]

異常な記憶力、超人的行動力によって、南方熊楠は生存中からすでに伝説の人物だった。

■教育者

九人の子どもを持ちながらも、彼は最後の最後まで、自分を徹底したFreethinkerと考えていたと思う。

[中野翠/「自由」の淋しさと、すがすがしさ 「波」2011年3月号より →全文へ]

■政治家

ヒットラーの攻勢の前に、絶体絶命の危機に陥った斜陽の老大国イギリス。その時、彼らが指導者に選んだのは、孤高の老政治家チャーチルだった。

死後7年を経てなお、その評価が論議される「平民宰相」の素顔

■陸軍軍人

趣味は「釣りと鴨撃ち、そして謀略」と公言し、現代史の暗部を彷徨した甘粕が、自死と共に葬ろうとしたものは何だったか?

■海軍軍人

今日なお人々の胸中に鮮烈な印象をとどめる、日本海軍史上最大の提督の赤裸々な人間像

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