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波
立ち読み
2008年6月号
[石田衣良『夜の桃』刊行記念インタビュー]
絶望でも希望でもない、ここではないどこかへ
『池袋ウエストゲートパーク』でオール讀物推理小説新人賞を、『
4TEEN
』で直木賞を受賞された石田衣良さんが、今年で作家デビュー10周年を迎えます。週刊新潮連載時から話題騒然だった新刊と、節目を迎えたご自身の心境を伺いました。
――『夜の桃』は週刊新潮連載時から、ものすごく話題の作品でしたね。特に、毎回濃密なベッドシーンが……。
石田
週刊誌は事件記事や社会的にシビアなものが多いので、それに負けない強度のある小説を書かなければ、と思っていましたね。あと、今までもエロスは書いてきましたが、ここまで大人の男性読者を意識したのは初めてかもしれない。
――主人公の奥山雅人(45)も、こんなに石田さんご自身と等身大の設定は初めてですよね。読者として、これはご本人のことなのでは……と勘ぐりながら読みふけってしまいました。
石田
(爽やかに)はははっ。それはもう、錯覚して読んでもらえたら嬉しいなと思って書いていました。嘘と本当の間にある距離みたいなものを楽しむのが、小説のよさでもあると思うんです。でも今回は、自分の仕事観とか恋愛観とか、かなり反映されていると思いますね。ケータイやネットで、あらゆるものがすぐに繋がって何でも分かってしまう時代で、異性という謎が残されているのはすごく良かったなあと思うんです。仕事はよっぽどのことをしなければそうそうクビにはならないけど、恋愛は明日どうなるかさえ、本当に分からない。この小説の主人公は、満たされていて安定もしているけれど、だからこそ先が見えたような気分になって、何かを壊したかったんだと思う。そういった彼のセカンド・ライフ・クライシスと、恋愛の不安定さが結びついたんじゃないかなあ。
――なんだかこの小説を読んでいて、男ってからっぽなんだというイメージがずっと根底にありました。
石田
日本の男の人は、そのからっぽ感を誰もが共通して持っているんじゃないですかね。昔だったら物欲のベクトルでよかったんですよ。モノとお金で。でも、バブルを経験して、モノとお金だけでは満たされないし、それでは上手く回らないって大人は気がついちゃってる。欲望を無制限に出していけば石油は切れてしまうし、環境も汚染されるだけ。そうなると、果てしなく手間がかけられるんだけれど答えが出ないもの、つまり恋愛や性愛が浮上してきますよね。やっぱり最後に残るのは、人間の面白さや分からなさだと思う。5000ccで300km走るスポーツカーを買うより、まだよく知らない女の子とひと夏過ごす方が楽しいんじゃないかなぁ(笑)。
――主人公は40代の妻と、それぞれ30代・20代の愛人と関係を持っていて一見天国のようにも思えるけれど、文中には「地獄」とか「原罪」などという言葉がよく出てきましたね。
石田
例えばミッドタウンや六本木ヒルズなんかの綺麗な建物を見ても、あるいはすごく高いスイス製の腕時計なんかを見ても、今の東京にあるものはすべて、その裏に、欲とか罪がはりついている様な気がする。誰かが儲けた分誰かが損をしないと、マーケットは動かないですから。豊かなものの裏には欲望や損失があるし、それと同じように喜びの裏には苦さもまたある、そういうことはよく考えちゃいますね。
――なるほど。ラストも衝撃的で、希望のようにも絶望のようにもとれるエンディングですが。
石田
タクシーで朝の六本木通りを、また新たな欲望に向かって走り抜けていくという(笑)。朝の六本木って、欲望の虚しさがありますよね。でもあれは、希望でも絶望でもないと思うし、行き先は分からないけど、最後にまた走りながら終わったというのは良かったと思います。それが生きていくということですから。
――石田さんは今年で作家デビュー10周年を迎えられますね。
石田
この10年間は忙しかったけど、とっても楽しかったですね。デビューして5年目で直木賞をもらって、さらに5年経って今回こういう小説も楽しみながら書けて、いい意味で開き直った感じがします。でも、先のことは分からないし、分かったらつまらないですよね。走りながら、どこかに向っているんだろうけどね。この小説のラストみたいに(笑)。
(いしだ・いら 作家)
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