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立ち読み

2008年8月号


特集〔山本文緒『アカペラ』刊行記念〕
【インタビュー】山本文緒/6年ぶり待望の小説集「書ける快感、嘘つく歓喜」


6年ぶり待望の小説集「書ける快感、嘘つく歓喜」

直木賞受賞後にうつ病になり、「いつかは治る」との医師の言葉を信じて、6年後に辿り着いた出口。復帰作である最新小説集の各編に分け入ることで、現在の心境や小説観の変化などをお伺いしました。

聞き手:温水ゆかり


――「小説を書く世界」に、お帰りなさい。お元気そうですね。
山本 はい、とても元気です(笑顔)。
――早速ですが、この復帰作『アカペラ』は三篇収録の短篇集というか中篇集です。まず表題作『アカペラ』は〇二年の作、休業前の作品だったんですね。
山本 ええ、直木賞受賞第一作として、かなり意識的に新しいモチーフと文体で書いたものです。山本文緒だったらこういう物語の構造でこういう落とし所になると読者に見抜かれてきていて、それはそれで私の古典落語、捨てようとは思っていないんですが、いい意味で読者を裏切りたいなと思って。
――少しボケ始めた祖父と、その「じっちゃん」を大好きな中三の孫娘の話です。歌謡曲での二人の掛け合いなど、最初はちびまる子ちゃん的なユーモア作に見えて、意表を突く展開になります。未読の方のために詳しく書けませんが。
山本 実はこのプロットには“元歌”があるんです。デビューした直後の二十五歳ぐらいのとき、もっと短い形でこの話を書き、自分ではすごくいい粗筋を思いついたと思ったのに編集者にも読者にもドン引きされた(笑)。でも、今ならこの主題も理解してもらえるかなと思って。
――その点、第二編の「ソリチュード」はイケメン主人公の分かりやすいダメっぷりが読み所です。
山本 女性はよく「優しい男の人が好き」と言いますが、優しい男というのは誰にでも優しい八方美人だから、絶対どこかで破綻しちゃう。優しい男というのは実はこうなんだ、というのを書きたかった(笑)。読んだ人が「ケッ」と思ってくれたらいいな、と。
――手品のような語り口でダメのピースが繰り出されます。で、最後は心ならずもこのダメ男を好きになっている。これ、熟達の“山本節”全開です。
山本 復帰作と言えばこれが復帰作です。小説を書くのが五年半ぶりだったので、あんまり無理をしないで一番書きやすい形で書こうと思いました。書き方的には『恋愛中毒』ととても似ています。ダメな人間の心の中というのは、私にはとても書きやすい。どうダメだったかを書いていけば、多視点にしなくても書けるので。
 最初、小説を書くのはとても辛かった。書こうと思っても、本当に長いこと書けなかったので。でも、途中から一日に書ける枚数がどんどん増えていく。もう楽しくて楽しくて、嘘を書くのはなんて楽しいんだろうと歓喜しました。なんでもっと早く小説を書かなかったんだろうって。こんなに楽しくて達成感があったんだから、何を言われてもいい。デビューして二十年、評価が気にならなかった初めての作品です。
――その上昇気流に乗って第三篇「ネロリ」が生まれたわけですね。この第三篇に来てふと思いました。なぜか仏壇が必ず登場する。この短篇集は“隠れ仏壇小説”なんでしょうか!?
山本 ハハハハハ。昔はどこの家にも仏壇ってありましたよね、そういう昭和のいわゆる文化住宅、ちょっとレトロな二階建ての家というのが共通項になっています。仏壇はその象徴ですね。
 私の祖母の家には神棚と仏壇と両方あって、誰か亡くなったときは神棚に紙をかけて「いまは仏さんがいるから神様はお休み」とか、「お通夜で一晩中線香焚くのは仏様の食べ物だから」とか言ってました。本には載ってないような知識が祖母から母、母から娘へと伝わる回路がまだ残っていました。でも核家族になって仏壇も置けないマンションではそんな回路も先細り。そう思うとちょっと淋しく、文化住宅の中にあった空気を書き留めておきたい気持がありました。
――「ネロリ」は母と息子のように、あるいは恋人同士のようにひっそり暮らす姉と弟が“異物”という嵐に見舞われる話ですが、そういえばこの姉には昭和のにおいが濃厚にありますね。
山本 きちんとしたスーツ姿のクラシックな社会人、「職業婦人」のイメージです。私は四十五歳ですが、少し上のお姉さん世代にこういう品性を持った女性がいます。こういった品性はもう若い人の「型」ではなく、だんだんいなくなっちゃうから、これも書いておきたいな、と。
――祖父と孫、いとこ同士、姉と弟、インセストタブーとまでは言えないですが、“なにかに抵触しそうな関係”を描いているのも今回の共通項かなと思いました。
山本 ギリギリのところはありますね。血の繋がりみたいなのを書くのは嫌いだったし、書いたとしても、たとえ血が繋がっていてもダメなものはダメだという反発ばかり書いてきたので、書きたい気持はあったかもしれません。
 これは物語とは関係ないですが、どんなに血の繋がりがあっても、人はみんな独りでやっていくしかないんですよね……。うつ病だった間、とても孤独でした。じゃあいまは孤独じゃないかというと、そうでもない。やはり孤独なままです。でも、それでいい。みんなそうなんだと、すごく当たり前のことが腑に落ちて、やっと元気になりました。
「ソリチュード」の取材で銚子の風力発電を見に行ったんですが、荒涼とした風景の中に手を繋がないまま風車が一個一個並んでいて、それでいて電気という同じ大きなものを生みだしていました。あの光景が目に焼き付いています。
――小説観に変化はありましたか?
山本 前は人を揺さぶるのが小説や物語だと思っていましたが、今は揺らすものでいいのかなという気がしています。

(やまもと・ふみお 作家)
(ぬくみず・ゆかり フリーライター)


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