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2010年2月号

医薬品クライシス―78兆円市場の激震―
佐藤健太郎

全世界で七十八兆円、国内七兆円の医薬品業界が揺れている。巨額の投資とトップレベルの頭脳による熾烈な開発競争をもってしても、生まれなくなった新薬。ブロックバスターと呼ばれる巨大商品が、次々と特許切れを迎える「二〇一〇年問題」――。その一方で現実味をおびつつあるのが、頭のよくなる薬や不老長寿薬といった「夢の薬」だ。一粒の薬に秘められた、最先端のサイエンスとビジネスが織りなす壮大なドラマ!


佐藤健太郎/「ゼロリスク志向」と「2010年問題」


 医薬品業界は常に高収益を上げ続けている、不況に強く安定した業界――という常識が、ここに来て大きく揺らいでいる。今年二〇一〇年前後に、世界の製薬会社の収益を支える大型製品の特許が次々と切れ、医薬品業界は重大なピンチを迎えているのだ。これがいわゆる「二〇一〇年問題」で、最近経済誌などでもよく取り上げられるようになった。
 筆者は、つい最近まで製薬会社の研究者として新薬開発の最前線で働いていた。科学技術は大いに進歩しているのに、新薬がさっぱり生まれなくなったという不可解な現象がなぜ起きたのか、解き明かしてみたいというのが本書執筆の動機であった。また、医薬という極めて特殊な商品には、様々なレベルで誤解もつきまとう。これをわかりやすく解きほぐすのも、筆者のような立場の者がすべきことと思ったのだ。
 とはいえ、書き始めてみるとこれは難題であった。新薬が生まれなくなった背景には、医薬につきものの副作用の問題が大きく関与している。現実に苦しんでいる人が多数いる以上、医薬関係者にとって副作用の問題はできれば避けて通りたいテーマだ。
 筆者もだいぶ悩んだが、あえて逃げずにこの問題を語ることにした。副作用の存在を差し引いても、医薬品は世界の人々の健康に十分奉仕していると信ずるからだ。また、近年顕著になっている「ゼロリスク志向」に対する危機感があったからでもある。医薬に限らず、どんなメリットがあろうと一点でもリスクのあるものは排除すべしという潔癖症的傾向が、あらゆる場面でコスト増加をもたらし、我々自身の首を絞めているのではないかと筆者は危惧している。このあたり、二〇一〇年問題は単なる医薬品業界のみの内部事情にとどまらず、現在世界全体を覆う逼塞感につながる問題ではないかと思う。
 副作用はなぜ存在するのか、なぜ切り離すことができないのか、なぜ医薬には一定の危険があると知りながら処方されているのか――といった問題を突き詰めていくと、結局「医薬とは何か」というところに到達する。遠回りのようではあるが、本書ではここから書き下ろすこととした。研究に携わる人々の情熱、人間ドラマといったあまり一般には語られない事柄も、できる限り盛り込んだ。
 書き進めながら、基本的には単純な化合物に過ぎない医薬が、いかに様々な側面を持った難しい製品であるかということを再認識することとなった。創薬は分子レベルから臨床試験まで細分化された長いステップを必要とし、今や個人が全体を俯瞰することさえ不可能になってしまっている。あまりに複雑巨大化した現代の創薬は、医療の現場が求めるものを本当に提供できているのだろうか。一冊を書き終えた今、医薬品業界の抱える問題の深さを改めて思うようになっている。

(さとう・けんたろう サイエンスライター)

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