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波
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波
立ち読み
2010年7月号
夏の入り口、模様の出口
川上未映子
恋人の浮気を直感ピッコン!で突き止めた日、血まみれタクシー運転手がくれた物とは? 襟足から下の方まで「毛」へのこだわり、午前二時の恐怖体験、なぜ冷蔵庫にハムスターの死骸を入れるのは嫌かという哲学的考察など、人気作家の摩訶不思議な頭の中と、世界の摩訶不思議な人間たちの姿が垣間見られる一冊。脳みその洗濯だ!
椎名 誠/でっかくバクハツしそう┃川上未映子『夏の入り口、模様の出口』
何時の頃からだったか「週刊新潮」のコラムがじわじわと増殖しはじめた。主に一ページものの新しい連載エッセイが多数加わった。そのニューフェイスに川上未映子さんの『オモロマンティック・ボム!』があった。
これがすらすら読めて、毎回ここちよくおもしろい。このおもしろさはいったい何だ?
二十年近く週刊誌のエッセイを書いていて話題やテーマの「枯渇」とか「立ち枯れ」などといった文字が脳内でチラチラしている当方としてはしばし考え込んでしまった。
少しわかってきたのは「簡潔」なことだろう。たとえば本書の冒頭の一編「ピッコン!」などのっけから傑作だが、テーマはこの「ピッコン!」ひとつ。十年来の恋人がいま誰か別の女と接触している、というのがいきなりわかってしまう。それが「ピッコン!」なのだ。「ピッコン!とわかってしまう」。そうして後日恋人を追及する。まったくなんの推察的根拠も証拠も霊感もなーんにもないのに「そうだったでしょ!」と攻める。パーフェクトないいがかりだ。当然恋人はそんなわけないよ、と否定するが「ピッコン!」は強い。
一テーマ、一話。簡潔にして痛快。そうして次にわかってくるのが、この短い文章のなかにチラチラ見えてしまうこの人の「知性」だろう。たとえば「特高か土の手触りだけで水脈をあてる井戸掘り職人のように」などという一文がある。川上さんはまだ圧倒的に若い女性なんだと思うが、こういう知識が自然にすらっと出てしまうところがニクイ。
さらに文章のリズムが抜群にいいことで、これはまあ当然、といってしまえばそれまでだろうけれど、なんというのか全体にこの人の「文脈」がこれまた自然にできていて、なめらかなうどんのように、いつもするすると口あたりよく喉ごしよく飲み込めてしまう。
小説とちがってこういうエッセイは、時事的なものに左右されがちで、極端にいえばその週におきた事件や世間の大きな話題に書き手が適当に「よこっちょ」から私見をもってかかわっていけばなんとかなってしまう。
でもそれをやってしまうと、週刊誌の付属部品みたいな存在になってしまって、書き手のカタルシスがない。
その路線を避けるとどうしても身辺雑記が中心になるから、毎週の話の核が重要になる。本書でもときどきそれに悩んでいる記述があって、ああそうなのか、これほどひらひらとここちよく世間のまわりを好きなように舞っているように思える人も「新潮」「新潮」などと呟いて困っているときもあるのだ、と知ってぼくなど逆に驚いてしまった。
川上さんのエッセイはその身辺雑記の「話題」の目のつけかたが素晴らしいことと「本音」の含有率がかなり高いことも大きな魅力なんだろうと思う。この業界に入ってきたときに編集者との打ち合わせなどで「原稿料」のことがいっさい語られない、という話や、税務署で「有名な人なのに、こんなもんですか……」という窓口おじさんの話などは、川上さんの性格のよさが本音になってあらわれていて、身辺雑記エッセイにもこんなに力があるんだ、とぼくなど逆に勇気をもらった(ぼくは今ふたつの週刊誌の連載を抱えているので)。そうだ。エッセイでどんどん本音を書いていけばそれでどんどんいいんだ、という「どんどん型」のパワーだ。
「パワーはとっても必要だけど」という一編は、同じようなことをぼんやり考えていながらこれまで誰も「話」としてまとめられなかった人間観察論であり、「マジはがんばれ」の一編も「言葉の生死」をかろやかに、そうか、そうなんだな、と納得させてくれる。たぶんこの人の体のなかにはそういうセンスと文体がしなやかにいつも暴れているのだろう。歌手を経て芥川賞を受賞し、女優をやり、そうして毎週『ボム』でバクハツしているこの人の才能はますます文章界(つまりこの業界)のタカラモノのような存在になっていくのだろう。
(しいな・まこと 作家)
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