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2010年9月号

新徴組
佐藤賢一

「家族が大事で、何が悪い!?」沖田総司の義兄、林太郎。使命感に燃える道場仲間を横目に無難第一を決め込むつもりが、時代はそれを許さなかった――新撰組の前身・浪士組から発し、江戸市中取締を経て、庄内兵として戊辰戦争に参戦した新徴組の軌跡を、愛する家族のために自分の剣を取り戻す男の姿に重ねて描く歴史ロマン。

ISBN:978-4-10-428002-5 発売日:2010/08/31

立ち読み 書評

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池上冬樹/佐藤文学を代表する秀作┃佐藤賢一『新徴組』


 十五世紀末の離婚訴訟をめぐる『王妃の離婚』で直木賞を受賞した佐藤賢一は、西洋小説のパイオニアである。近年も、文豪デュマ家三代の人生を俯瞰した『黒い悪魔』『褐色の文豪』『象牙色の賢者』、フランス革命を正面から捉え直した「小説フランス革命」シリーズなど、相変わらず西洋歴史小説の旗手らしい充実した仕事ぶりを示している。
 そんな佐藤賢一が日本を舞台にした時代小説に手をそめたのが、『女信長』である。織田信長が女性であったという奇想天外の話だが、なかなかリアリティがあり、西洋小説のパイオニアは、日本の時代小説でも活躍するのではないかと思わせた。その思いは最新作『新徴組』で一段と強まる。
 物語はまず、沖田総司にむかって義理の兄の林太郎が、江戸に帰ろうとよびかける場面から始まる。文久三年(一八六三年)、上洛する将軍徳川家茂の警護のために、尽忠報国の有志が求められ、浪士たちは京まできたのだ。そこには林太郎と同じ道場に通う近藤勇、土方歳三などもいた。しかし浪士たちによびかけた庄内の郷士清河八郎の巧妙な策略で、浪士組の江戸帰府が決定してしまう。しかし総司たちは京にとどまる。そこで林太郎は総司に剣の勝負を挑み、勝ったならば江戸に帰るという条件で戦ったのだが、負けてしまう。
 京に残った浪士たちは近藤勇のもと新撰組を設立し、江戸に帰った浪士組は幕府の命により、新徴組として組織され、林太郎は江戸の警備・治安を守ることになる。翌年、新徴組は、庄内藩預かりとなり、佐幕、尊皇、公武合体など、さまざまな理想と大義で揺れ動く幕末の渦のなかで、林太郎と、庄内藩の若手重役たちが翻弄されていく。
 佐藤賢一の描くヒーロー像は従来の作家のものとは根本的に異なる。ある種の稚気、無邪気な子供っぽさが、老練さのなかにあり、それが拡大されて社会風刺や諧謔を強め、民衆がもつエネルギーと共振し、よりパワフルな物語になる。ヒーロー像の卑俗化・戯画化によって、歴史上の人物が現代の読者と同じレベルの人間になるのだ。本書も例外ではない。
 林太郎は“努めて主義主張を持た”ず、“攘夷にも開国にも等しく与せず、物など考えない匹夫に徹した”。“清貧の志士気取りで高楊枝を決め”こまず、“臆病な生活者として、ただただ頭を低く”生きてきた。それは庄内藩の若き重役酒井吉之丞も同じ。“私は主義主張というものを持たない、というより、持たないようにしています。尊皇攘夷も、公武合体も、佐幕もないというのは、もっともらしい言葉を唱えたが最後で、人間は本当に大切なものを見失ってしまうと考えるからなのです。争いも際限なくなる”という考えだ。
 しかしそんな二人も、理不尽な幕府の要求にあって苦悩し、戊辰戦争では命をかけた戦いをすることになる。自分にとって(ひいては藩にとって、日本という国において)“本当に大切なもの”とは何かを考えることになる。
 新撰組ではなくて新徴組、京でも江戸でもなく、後半は庄内に舞台を移して幕末・維新を物語る。テーマも舞台もキャラクター造形も異なるところで、日本の歴史の転換期を語るところに、西洋歴史小説のパイオニアらしい歴史作家の成熟した視点がうかがえるし、なによりも物語そのものが面白い。
 まず、冒頭の対決の場面からチャンバラが要所要所で繰り広げられて迫力があるし、切腹の介錯の場面では緊迫しているのに親と息子の交流が微笑ましく、また死に行く同志と遺族への優しさは胸にしみるし、中盤から後半の戊辰戦争における庄内藩の戦術と駆け引きと決断も実に読ませる。また沖田総司や近藤勇や土方歳三なども意外な所に登場させて、物語を引き締め、興趣をもりたてている。それもこれも、相変わらず歯切れがよくて威勢のいい語りの勝利だろう。読者を混乱した時代のただなかに招きいれ、大義で振り回す幕末小説とは一線を画す物語になっているからだ。
 おそらく本書『新徴組』は、鶴岡出身の先達である藤沢周平へのオマージュでもあるだろう。藤沢には清河八郎を主人公にした『回天の門』があるし、海坂藩を舞台にした名作も多数ある。海坂藩は庄内藩をモチーフにした架空の藩ではあるけれど、ここまで庄内藩の内部を書いた作品も珍しいし、それが新撰組や幕末の転換期と間接的に深く関わっているところを描いた点も、藤沢周平が生きていたら称賛をおくっていたのではないかと思う。佐藤文学を代表する秀作だろう。

(いけがみ・ふゆき 文芸評論家)

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