「商店経営」の弊害
江上 清武さんの『「巨人軍改革」戦記』を拝読して、巨人も一般の会社なんだなと改めて感じました。清武さんは巨人軍の古い体質から脱却するために、何をしようとしていたかがよく分かった。企業経営に携わる人たちには、是非、読んでほしいですね。
清武 巨人軍は先人の努力に加え、王、長嶋といった選手がいて、あまり苦労せずに利益があがったという、夢のような時代がありました。経営者たちも知恵を絞る必要もなかった。だから、トップが採算や合理的編成を考えず指示をするような「商店経営」が罷り通ってきたのです。
江上 渡邉恒雄さん(読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆)が商店主で、社長などの役員は番頭さんということですね。
清武 そうです。しかしそれでは立ち行かない時代になってきた。それを変えざるを得ないようにしたのは渡邉さんたちで、変革のために私は読売新聞社から巨人軍に出向したのです。
江上 上場企業は四半期ごとに決算をしなければなりません。短期的ビジョンと長期的ビジョンの両方を求められる。それは巨人も同じだと思います。監督は一年で替わってもかまわないが、経営者はそういうわけにもいかない。
清武 補強を繰り返していくという巨人軍の従来のやり方では、長期的ビジョンは描けません。三連覇できるチームは何とか作れても、五年続けてとはいかなくなる。ところが成績が悪くなってくると、経営者は我慢できなくなって、強打者をヘッドハンティングする。そうするとチームは同じタイプの選手ばかりになってしまいます。また、ポジションが重なるということも起こる。これは組織にとって無駄です。
江上 企業でも「このセクションを強化しよう」と、優秀な人間ばかりを集めると、その部署はダメになりますね。一番の人間ばかりだったはずなのに、その中で彼らは自分たちで序列を作ってしまうのです。これでは組織は活性化しません。いろんなタイプの人間が必要です。一方であまりに内向きな組織になってしまうと、これも弊害がある。外から来る人間がいて、初めて自分の市場価値がわかるからです。
清武 それはプロ野球で言えば、中途組ということですね。外国人やFA選手によって、“生え抜き”は刺激を受けます。そうした選手たちを使って、試合にどのような形で勝つかというのは、つまり企業で言えばどんな商品を売り出すかということです。ですからあくまで計画的に、しかもそれは合理的に考えなければならないと思います。「商店経営」の最も悪い面は、重ねてきた計画をポンとひっくり返す人がいるということです。来年のことを聞かれ、「うちは首位奪回にいく」と言ったりしますが、それは計画ではありません。単なるスローガンですよ。
江上 日本の高度成長を経てきた企業は、ものすごい成功体験を持っているわけです。ところが今、成功体験が大きかった企業はみんな苦しんでいる。どうしてこんなことになったのかと。巨人も同じですね。清武さんはこの本の中で、「鍵となるのはマーケティングとイノベーション(変革)」と指摘していますね。たとえば東京マラソンが始まっただけで、マラソン人口は百万人から一千万人に膨らんだといいます。関連グッズの売り上げは二桁で伸びている。これはイノベーションがマーケティングの力を起こしたということです。
清武 錯覚しがちですが、補強はイノベーションではありません。エリートでない選手を活用することが、巨人にとって一番のイノベーションでした。非エリートを育て上げるという経験は、巨人にはそれまで欠けていましたから。私は育成部を作り、自前の選手育成を始めました。山口鉄也や松本哲也、坂本勇人などが育っています。多数競争方式というリストラクチャリング(再構築)を行なったのです。
江上 清武さんはそうした非エリートの選手たちを、「B群」と呼んでいますね。
清武 ええ。「B群」というのはどこの組織でもたくさんいます。もちろん「A群」よりも圧倒的に多い。私自身も記者としては「B群」、地方採用出身でした。
江上 私が銀行の人事部にいた際に聞いた話ですが、会社組織ではほんとうに働いているのは社員の三割だといいます。短期に業績を上げるには、そうした「出来る社員」、つまり「A群」ということになりますが、彼らをつつくのが早道です。しかし企業としては、七割の眠った人間をどう覚醒させるかが、問われているわけです。
清武 そうした人材育成なども含め、私が出向した時、巨人では一般企業に比べ、到達していない部分が多くありました。しかもそこが「聖域」になっていた。
江上 私が銀行に勤めていた頃に、総会屋事件は跡を絶ちませんでした。総会屋と癒着し、会社の秘密を握っている人物は出世するわけですが、そうした企業は必ず破綻しました。総会屋との付き合いというのは、特別な個人技ですね。それを会社の技にしなければならないのに、それができなかった。これでは近代経営とは言えない。
清武 私が巨人に行くことになった直接のきっかけは、有望な学生に「栄養費」として裏金を渡していたことが発覚したからでした。スカウトの眼力で優れた選手を採るというのは個人技ですが、でも、いい人材を採ろうと考え、もっと効率の良いやり方があるのならば、みんなそれを採用しますよね。私が最初に取り入れたのは選手の徹底したクロスチェックでした。何人もの目で評価をする。
江上 アメリカでは人気などというものは、選手の評価要素に入っていないといいますね。
何かが起きる可能性を
清武 日本のプロ野球は現場に任せ過ぎています。コーチの勘や経験が重視されたりする。日本ハムでは投手のフォームを変える際にも、報告しフロントの了解が必要になります。選手は駒ではなく、チームの資産だと考えているからです。
江上 人材が最高の資産だと、どの企業も言います。ところがリスペクトされていません。大事にしていない。
清武 こういうふうに育てていくという、ポリシーがなければならないと思います。選手一人ひとりが球団のプロジェクトということですね。そして「こうした」という事実と、その結果を教訓として残す必要があります。
江上 日本はなぜ戦争に負けたのかという、参謀本部の失敗の記録はいっさい取ってなかったそうですね。現在の官僚組織や、企業もまた同じです。
清武 巨人ではスカウト、コーチ、そして選手本人に、パソコンでの日々のレポートの提出を義務付けました。私はそれを見て、返事を書く。見られているという意識は人間にとって励みになりますし、蓄積されたレポートが選手の長期にわたる記録になります。その推移もわかるよう、データ化されています。球団のノウハウとして活用される。
江上 谷佳知選手は四球の数が極端に少ないそうですね。
清武 ええ、彼は振りにいきますね。計量野球学という統計学を巨人軍では取り入れていますが、打者指標のひとつに「RC27」というのがあるんです。これはその打者だけでチームを編成した場合、何点取れるかを選手の成績から試算します。谷選手の場合、小笠原道大選手に次ぐ「7.5」でした。また、ストライクを一球見逃すごとに、どんどん打率は下がっていくことが明らかになっています。早いカウントで振ったほうがいい。そうした理論を示して、教えていくことが選手にとっては大切なのです。
江上 谷選手が言った「球をバットで飛ばせば、何かが起きる可能性がある」という言葉が、私には印象的でした。確かに四球を待っていても何も起きません。これは企業経営につながる言葉だと思います。何かアクションを起こせば、変化が生まれる。それをやらないから日本の企業は閉塞感に覆われたまま。本書でも紹介していますが、アメリカのMLBは米国、カナダ、中南米だけでなく、豪州や中国の野球を積極的に支援しているそうですね。
清武 ええ、中国の野球はいまや、完全にアメリカの野球ですよ。看板などもメジャー風でしょう。
江上 金融においても、アメリカは中国にスタンダードを教えています。すでにアメリカの基準で動いている。ところが日本はある一定の利益が上げられるので、内に籠る。ガラパゴス化ですね。プロ野球もまた、そこに陥っている。
清武 巨人軍と北京タイガースという具合に、日本の球団も個別には中国の球団と人材交流を図ってきたのですが、日本野球界として組織的にはやってこなかった。せっかく田圃を耕したのに、また野っ原という状態です。アメリカはトラクターで耕し続け、芽が出始めている。
江上 日本の企業もいい製品を作って、拠点拠点に輸出はできるけれど、国際標準は取れない。いつの間にか、萎んでしまう。
清武 日本とアメリカ、韓国、台湾の野球が一緒になって、大きなリーグ戦ができるといい。アメリカとの交流戦などを日本で開催すれば大きなビジネスになる。そういうやり方もあるのに、一方的にメジャーに選手を持っていかれている。いくらでもチャンスはあるのに、もったいないと思います。
(えがみ・ごう 作家)
(きよたけ・ひでとし 元読売巨人軍球団代表)