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飯島寛子さんインタビュー
「週刊女性」2005年9月27日号より



世界の海を舞台に活躍してきた夏樹さんが、ガンで今年2月に亡くなった。
あの日から半年余りが経過し、ハワイに移住している妻の寛子さんはじめ、周囲で見守ってきた人たちが、夏樹さんとともに生きた“家族の日々”を振り返る――


 その風は今日も、天から届いていた。
「なぜだかネ、以前よりもずっと、近くにいるな、って気がするんです」
 そういってフワリはにかむ。
「姿は見えないけれど、いつも一緒だねって。ひとりで歩いていても、なんかふたりでいるみたいだね、って……」
 小麦色の肌が、ゆっくりと微笑む。白いサンダルに細身のパンツ、花柄のタンクトップに焼けた首すじ……そんな彼女を、今日も浜風がサワッと撫で、優しくゴキゲンに、通り過ぎていく。
──あ、なっちゃんなの?
 空を見上げ、彼女は心で風を追いかけた。
 常夏の島、ハワイのコンドミニアム。深緑の山々に、晴れ渡る空、はるか向こうに海を望む小部屋で、飯島寛子さん(37)は4人の子供とあの日のままに、暮らしていた。
 世界的なプロウインドサーファーだった夫・飯島夏樹さん。彼がガンの宣告を受け、闘病生活の末に天国へと旅立ったのは6か月前。闘病中のベッドを片づけた以外、家の中はほとんど変わっていない。
「友達には、もう日本に帰っちゃうの? などとよく聞かれるんですけどね」
 寛子さんは、語る。
「せっかくなっちゃんが、ここでの基盤を作ってくれたから……それにここには、優しく包まれるような、温かさがあるから……」
 夏樹さんがハワイへの移住を決めたのは昨年夏、余命数か月の宣告を受けた直後だった。残されゆく者たちのために限られた時間で何ができるか―─それに直面したとき、夏樹さんの心に浮かんだのは、あの浜風だった。わが子に車イスを押され、息づかいさえもままならぬまま、夏樹さんは飛んだ。
 航空券の入った封筒。ここに、夫が自らこう記していたのを寛子さんは覚えている。
《ハワイ経由→天国行き》
 己の最期と、向き合うこと─―それは彼にとって、すべての始まりだった。
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