  その風は今日も、天から届いていた。 「なぜだかネ、以前よりもずっと、近くにいるな、って気がするんです」 そういってフワリはにかむ。
「姿は見えないけれど、いつも一緒だねって。ひとりで歩いていても、なんかふたりでいるみたいだね、って……」 小麦色の肌が、ゆっくりと微笑む。白いサンダルに細身のパンツ、花柄のタンクトップに焼けた首すじ……そんな彼女を、今日も浜風がサワッと撫で、優しくゴキゲンに、通り過ぎていく。
──あ、なっちゃんなの?
空を見上げ、彼女は心で風を追いかけた。
常夏の島、ハワイのコンドミニアム。深緑の山々に、晴れ渡る空、はるか向こうに海を望む小部屋で、飯島寛子さん(37)は4人の子供とあの日のままに、暮らしていた。
世界的なプロウインドサーファーだった夫・飯島夏樹さん。彼がガンの宣告を受け、闘病生活の末に天国へと旅立ったのは6か月前。闘病中のベッドを片づけた以外、家の中はほとんど変わっていない。
「友達には、もう日本に帰っちゃうの? などとよく聞かれるんですけどね」
寛子さんは、語る。
「せっかくなっちゃんが、ここでの基盤を作ってくれたから……それにここには、優しく包まれるような、温かさがあるから……」
夏樹さんがハワイへの移住を決めたのは昨年夏、余命数か月の宣告を受けた直後だった。残されゆく者たちのために限られた時間で何ができるか―─それに直面したとき、夏樹さんの心に浮かんだのは、あの浜風だった。わが子に車イスを押され、息づかいさえもままならぬまま、夏樹さんは飛んだ。
航空券の入った封筒。ここに、夫が自らこう記していたのを寛子さんは覚えている。
《ハワイ経由→天国行き》
己の最期と、向き合うこと─―それは彼にとって、すべての始まりだった。 |