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受賞のことば

わたしのマトリョーシカ

麻布三ノ橋、劇場から引き上げた搬出物のダンボールやら何やらに囲まれて、今受賞の言葉を書いている。正直何を書いていいのやらわからない。ただ、わたしと神様のびっくり合戦は、常に神様が一枚上手で、わたしはいつも驚かされてばかりだということだけは言える。
わたしにとって演劇が、どこか少し、いつだってわたしを置いていったり、たまに残酷な仕打ちをして泣かせてみては、きまぐれに愛想を振りまく、身勝手な恋人であったとするなら、わたしにとって小説、つまり書くことは、空気のようにそこに居て、ゆえにその存在に気が付かず、気ままにそれをもてあそび、向き合うことを望まず、それなのに、ずっとわたしを支えてくれた、そんな男だ。そしてそこに心から向き合ったとき、わたしの新しい人生がこうやって幕を開ける。
「蝶番」の最後30ページくらいは泣きながら書いた。正直何に対しての涙かはわからなかった。ただ泣きながら書いた。妹が仕事に行ったあとの、がらんとした2DKのDの部分で、昨日店で飲んだシャンパンで鈍く痛む頭をコーヒーでなぐさめ、泣きながら書いた。なんだかとても独りぼっちだった。けれど、その独りぼっちの中で、小説というものがわたしの傍にいた。幼稚園から帰ってきて、かばんも置かず、チョコレート一枚片手に持って「ぼくは王さま」「ちいさいモモちゃん」の世界に潜っていた、あの頃と同じ。これという用事もなく図書室へ行っては古い本の匂いに安心して昼寝したあの頃と同じ。
東京に来たばかりの頃、今は親友となった、当時は出会ったばかりの、日芸の受験番号が隣だった女の子の家に行った。所沢のワンルームの本棚の隅で「江國香織」が少し斜めに「吉本ばなな」にもたれかかっていた。「きらきらひかる」だったと思う。題名はそのときどうでもよかった。張りつめていた何かがふっと緩んだ。そこから徒歩10分のわたしの家には「こうばしい日々」がある。「とかげ」がある。上京する際ダンボールに忘れずに詰めた江國香織と吉本ばなな。この子の家にもそれがあるんだ。そのことだけで、帰り道に吸い込んだ夜の空気はずっと澄んでみずみずしかった。大丈夫、東京は怖くない。
そんなことを考えると、いくつになったって、どこにいたって何にも変わらないんだ。そう思えた。夏祭り、どろっぷ、どろっぷ。たとえわたしの書いた小説が世間に評価されなくとも。もしくは評価されようとも。わたしは何も変わらない。わたしは「蝶番」を書いた。29歳、夢を追うには後ろめたい年齢で、芸術家気取りするには何の結果も残せていなくて。評価されることを望む気持ちはもう一ミリもなかった。どっちだって、わたしの中の大切にしたいキラリは同じなんだ。そのキラリを、11年前、所沢の親友の本棚に見つけた「江國香織」に向かって書こう。そして、わたしの書くモノが彼女に届き読んでもらえるとしたら。それってなんてエロティックな出来事でしょう。
小説が最終候補にノミネートされ、(そこで初めて、ノミネートされないと江國さんには読んでもらえないことを知ったのだが)「江國香織」は「江國さん」になった。固有名詞として使っていた言語が、人を指す言葉に変わった瞬間だった。
「あなたの作品はいい意味で破綻している」これは担当の方がわたしに対して放った最初の言葉。破綻という言葉がこんなにも褒め言葉として響く瞬間は他にないと思えた。いつだってこの破綻のせいで、はじかれてきたのだから。だけど今はその「破綻」という言葉がわたしを救おうとしている。「選び選ばれだけど、それが誰かにとっての正解であったとしても、別にこの世界すべての人間の判断じゃない。それは縁」例えばざっくりと芝居の協賛を却下され、味気なくもお金のかかった資生堂からの薄い通達書を佐川急便の人がピンポン♪と届けにきたときも。例えば、郵便受けの中で、どっかのプロダクションから返送されてきたわたしの写真が二つ折れになって、「福わらい」みたいになっているのを見つけたときも。わたしはそう自分に言い聞かせて乗り越えてきた。そうして今、不思議な「縁」によって、江國さんに選ばれ、大賞を受賞した。人生は不思議だ。かなわない。
受賞の報告を受けたときわたしは、恵比寿にあるのに新橋区民会館というへんてこな稽古場で、本番前の最終稽古に入っていた。「受賞したあー!!」と駆け込んだわたしの前にいくつもの笑顔がワッ! と咲いた。
受験番号が隣だった親友もいた。演劇と小説はマトリョーシカだ。わたしは思った。演劇の中に小説があるのか、小説の中に演劇があるのかはわからない。もしかしたら、どっちもがマトリョーシカで、2こあるのかもしれない。そうしてわたしは独りぼっちではない。奥にぼうっとセットが見えた。
最後になりましたが、新潮社さん及び江國さんの寛大さに心から感謝して。そして題材となった家族へ心から愛を籠めて。本当にありがとうございます。

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