 |
受賞のことば

禍福は糾える縄のごとし

「今回の受賞ですが……(ここでものすごく長いタメ)、残念ながら、見送らせて頂きます」
「ああ……(なにかいいことを言おうとしているのだけれども、何も思いつかないタメ)、残念です……」
それが受賞の連絡をいただいた、その日の朝に見た、夢でした。
夢オチか! と怒られるかもしれませんが、フィクションの中の夢オチとはちがって、現実での夢オチは、それ相応の重みのある、いやな感じが残るものです。
選考結果を待つ一日は、そんなふうに始まりました。
その後も、「小説というものに、真剣に向き合ってみよう」と思い立ったその日に購入し、これまでの苦楽をすべて知るノートパソコンが、ぷあん、という情けない音とともに寿命を迎えたり、前日に「きっと明日は浮足立っているからぶつかるに違いない」とわざわざ移動させておいた机の角で向う脛を強打してみたり、計ったようなタイミングで黒猫が二匹、目の前を横切ったりして、いい加減心身ともくたびれ果てた頃に、本当の受賞の連絡をいただきました。
「……本当ですか?」と、実のないことを二、三回尋ねたと思います。
電話を切って、しばらくぼんやりとした後にやって来たのは、喜びというよりも、安堵でした。
派手な爆発も殺人も恋愛もない、とても地味なこの作品も「エンターテインメントである」と認められたこと。この物語と、そこに登場する子供たちを世の中に送り出すことができること。彼らと、彼らの物語を必要としている読者のみなさんが出会う可能性が生まれたこと。
中でも一番大きなものは、自分の書いたこの物語にも、なにがしかの力があると認められたことへの安堵でした。
「あの地震が起きてから、小説なんて読めなくなっちゃったよ」
これは以前、ある雑誌関係者に言われた言葉です。
現実の厳しさや惨さの前には、所詮、作りごとは作りごと。読んでもつまらないし、何の役にも立たない。その人は、そうも続けました。
私も、それは非常に正しい、大人の意見だと思います。
物語で雨風はしのげないし、空腹を満たすことはできない。ローンの返済に一役買ってくれることもなければ、新しい仕事を見つけてくれるわけでもない。残念ながら物語は危急の際には、なんの役にも立ちません。
この会話に出てくる「地震」とは、三月に発生したものではなく、十六年前の神戸で起きた地震のことです。時が経って、神戸の街は、以前にもまして美しくなりました。もう十年以上帰ってはいませんが、今ではきっと別の街のように思えることでしょう。でも、それで復興が終わったとは、誰も思わないでしょう。失われたものは、永遠に失われたままです。あの人は、今も小説を読めないままなのだろうかと、ふと、思うこともあります。
ただそれでも、小さくはあっても、物語には力があると信じています。自信も誇りも希望もなくなったとき、真っ暗な泥の海で、もがいてももがいても、ただ沈んでいくしかないと思うとき。明日なんか来なければいいと思うとき。物語が一本の蝋燭のような光を灯してくれたことが、これまでに幾度もありました。読むことと、そして書くことがなければ、私は人生とこの世界とを根本的に肯定し切れないままだったかもしれません。
まだ、私は小説家です、とは名乗れません。
書き続けたいとは思っていますが、書けなくなることも、あるいは書いてもちっとも面白くないこともあるでしょう。自分には才能がある! と思いこめるほど能天気でもありません。でも、もし許されるならば、これからも、細くて頼りないかもしれませんが、小さな小さな蝋燭を、灯し続けたいと思っております。そしていつか、小説家ですと名乗れるように、一枚一枚、書き続けて行きたいと思っています。
最後になりましたが、この数年、本当にどうしようもない暮らしをしてきた私を見捨てなかった家族と友人のみなさん、ありがとうございます。特に両親と、今は天国にいるであろうおばあちゃん。めげずにここまでやってこられたのは、あなたたちのお蔭です。
そして、書いた本人が読み返して赤面するぐらいに誤字脱字だらけの、編集者チェックを待つまでもなく、「これ、おかしいよね?」という基本的な間違いが頻発する原稿を投げ出さずに読んでいただいた新潮社の皆さん、そしてなによりも恩田先生には、いくら床にデコをこすりつけても足りない思いです。
本当に本当に、すみません。
ちなみにタイトルの「禍福は……」という言葉ですが、受賞の連絡を頂いた日にはこんなことがありました、という話をしたところ、本誌の新井編集長が呟かれた一言です。ご存じのように、良いことと悪いことは交互にやってくるんだよ、という意味ですが、受賞が決まった翌日、私の家では台風十五号の直撃で窓のサッシが吹っ飛んで、修理しようと雨の中作業をしていたら、それが祟って風邪を引いて寝込んだということ、そして少しでもマシに写りたいと、しっかり体調管理をしていたにも拘わらず、よりにもよって受賞の写真撮影の日に唇の下にでっかいにきびができてしまったこと、さらには受賞の言葉を書いている今、一週間ほど続く謎の頭痛に悩まされているということなどをご報告させていただきつつ、受賞の言葉とさせていただきます。

 |


|
 |