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第18回 日本ファンタジーノベル大賞

主催:読売新聞社 清水建設 後援:新潮社 発表誌:「小説新潮」

 第18回 日本ファンタジーノベル大賞 受賞作品

大賞

僕僕先生

仁木英之

優秀賞

闇鏡

堀川アサコ

 第18回 日本ファンタジーノベル大賞 候補作品

大賞 僕僕先生 仁木英之
優秀賞 闇鏡 堀川アサコ
 カッパドキア・ワイン 大原一穂
 夜のユニコーン 松田哲也

選評

荒俣宏

荒俣宏アラマタ・ヒロシ

ファンタジーノヴェルの定着と波及効果

 第十八回の最終候補作品は、水準を超えるものばかりで、このジャンルが待望の安定成長期にはいったことを窺わせた。架空であるがゆえに現実を描くとき以上に構想力とセンスを要求される分野で、新しい書き手が四人そろって壁を跳び越したことが喜ばしい。また、『ハリー・ポッター』などのベストセラー系外国ファンタジーの後押しに頼らない自立した世界が展開されていることにも、大きな期待が持てた。もっとも、似ているところもある。軽くて、読後感がよくて、ちょっとダークな俗っぽさがある点だ。その特徴は文体にも出ていた。設定された時代が現代から大きく離れていようと、主人公たちは現代日本の若者ことばを平気で語る。それでも不快にはならないのだ。何か、明治の言文一致運動時代に書かれた口語の自在さをも思い出させ、おもしろく感じた。
 中で、「夜のユニコーン」は、奥行きと間口がいちばん狭い小規模の読み物だが、缶詰料理を食べるように手軽で安心な、癒しの物語になっている。ぼくはファンタジーというと、どうしても懐石かフルコースを期待してしまうのだが、ファーストフードに慣れた読者には口に合う作品だと思う。ユニコーンは乙女に擦り寄ってくる若き男根のシンボルということになっているが、この作品ではユニコーンが男性に寄ってくる。意図的であるとしたら、そこをもっと展開しても、さらにおもしろかったかもしれない。
「カッパドキア・ワイン」は力作である。十字軍が聖杯ならぬ極上ワインを求めて聖地を探索するという趣向はおもしろいが、ぼくはアルコールにとんと縁がないため、酔えなかった。そのため、全体に「ファイナルファンタジー」の進行画面を見るような印象がぬぐえず、ワインの銘柄の羅列(人名への転用をふくめ)が生む楽しさにも反応できなかった。しかし、探索の道中に展開するドラマの進め方は秀逸だった。
 ぼくが二番手に推した「闇鏡」は、室町・足利という「遊女とバサラと風流」の時代に挑戦した、こだわりの作品だった。平安以来、京の治安を守ってきた検非違使、つまり警察官僚の四角四面な視点から、権威の上で影がうすれゆく陰陽師のデカダンと、勢いとバンカラで新しい治安システムを握りつつある侍所の振る舞いを描くが、中心はなんといっても、文化の主役に躍りでた遊女や女房たちの確執である。歌だの楽器だの、また男の取り合いなど、あの「うわなりうち」に代表される女合戦が、いかにもこの時代らしい「やきもち」という情念にリードされていく。それを、「バサラ」精神を地で行くような文章でつづっていく。これだけしっかりと、室町時代の妖しい魅力を書き上げた小説は、少ないと思う。惜しむらくは、筋をシャッフルしすぎた点だ。知的で格好のよい話に仕上げるよりも、時代の妖しさで読者を圧倒する試みをしてほしかった。
 四本目の物語「僕僕先生」には、おどろかされた。ぬるい温泉に浸かり、ねっとりと全身を揉みほぐしてもらうような、ほかに何も要らない「極楽」気分を味わわせる仙人小説である。道教と儒教の対比、もっと分かりやすく言えば働き者と怠け者との、ホントにみみっちい世界に、仙人という別種のライフスタイルが割り込んでくる。しかも仙人はかわいい女の子の姿なのだ。弟子となった道楽息子が、見ようによっては自分よりもずっと俗っぽい「女の子仙人」と不思議な旅をする。二人の関係がおもしろい。男女の交わりすら、あるのだ。仙術を使うことに疲れ、不老不死に飽きた仙人が、凡人の息子の腕にもたれてほんとうに女の子のように安らぐ最後の場面には、不覚にも胸を熱くした。仙人とともに旅するような錯覚におちいる、時間が止まる仙界の作品だった。確信をもって一位とした。

小谷真理

小谷真理コタニ・マリ

いくら好きでも、溺れちゃいけない

 どの作品も本人が楽しんで書いている様子が伝わってくるような雰囲気で、気持ちの良い作品が多かった。

 一番始めに読んだ「夜のユニコーン」は、仕事も恋人関係もまだそれほどうまくいっていない独身男のところに一角獣があらわれ、それをきっかけにいろいろな運が好転し……というストーリー。まさにヒトを癒し浄化する幻獣をめぐるファンタジーで、読みながら、こちらまで潤ってくるようだ。

 一角獣と言えば、その昔は清純な乙女のみが捕獲できるという伝説があるが、最近ではユーモア・ファンタジーで洒落のめされているように、「清純」の領域が乙女限定から童貞青年、つまりヴァージン一般に拡大されるという傾向がある。なるほどこの作品はまごうことなく一角獣伝説の現代版なのだ。ひとつ残念だったのは、作中登場するゲームの内容がちょっとお粗末だったこと。これさえうまく構築されていれば、すごい作品になったかもしれない、と惜しまれる。

「闇鏡」は、平安時代をすぎ、室町時代に入ったころの警察組織の話。都で起こった奇妙な殺人事件を解決する、というもので、どちらかというと、非合理的な幻想世界というより、合理的な解決をはかるミステリ仕立てになっている。ミステリとして考えると少々不思議な展開なのだが、選考会では、これまであまり扱われてこなかった室町時代の、よく知られていない検非違使の世界を克明に描いているからこそではないか、という指摘があった。そういわれてみれば、その構築性は「ハマっているんだろうな〜」と感嘆されるほどで、それこそ異世界ファンタジーとしての醍醐味なのかと腑に落ちた。

「カッパドキア・ワイン」は、ワイン好きによるワイン好きのためのワイン大好きファンタジー。そう、ワイン好きでなければ、こういう発想は生まれない。極上の葡萄の木を探してブルターニュの騎士がエルサレムをめざすという設定で、十字軍の時代にひと味ちがった聖杯探求物語が展開する。こういうすごいアイディアの場合、熟成した味わいとそのエピソードに関心を持って芸術になるか、それとも行って観て味わう観光気分を楽しむ通俗性に邁進するか、そのどちらかになるのだが、このお話は後者としては成功していると感じた。

「僕僕先生」は中国の仙人と、そこに弟子入りする王弁という青年の物語。なにより驚いたのは、主人公の仙人が美少女の姿で登場し、ラノベ小説から出張してきたようなタメ口をきくというところである。

 仙人のどこかジジ臭い雰囲気と、ロリータ的小生意気さがとけあった美少女仙人のキャラノリはなんとも愉快。今時のニート青年と彼の妄想する美少女アイドルとの夢の対話にも思えてくる。しかも色恋には奥手と見えたふたりの関係は、中盤から変化し、ともにエイリアンの恋人を持つことによって、おのおのの世界を逸脱し、世界のルールってはたして何なのかという境地へと軽やかに思考をめぐらせていく。全体的に仙人が数多く存在する中国の幻想世界がユーモラスに描かれているばかりか、ほのぼのとしたやりとりや展開の中にも、時折せちがらい俗世への洞察がうかがわれ、ちょっぴりほろ苦い結末もふくめ、それらを達観していく視野が示されていることに、大きな感動を覚えた。好きな世界に埋没し、それらを抱きしめる一方で、どーんとクールに突き放して見せたところに、このお話のとてつもない凄味があったと思う。趣味人としてのテイストと、物語創造にかける非情さにうたれて、わたしは本作を推した。

椎名誠

椎名誠シイナ・マコト

読み方の問題

「闇鏡」文体と固有名詞、状況描写等で確実にこの人独自の小説世界を作っている。前半のいくつか錯綜する謎作りはいかにも「陰花」のようでまがまがしく魅力的な気配をもって期待させるが、事件が頻発。登場人物が複雑化してくるにつれて積み上げてきた精度が少しずつ磨耗していくような危うさを感じた。広げた事件の謎解きに苦労しているようでそのへんがいくらかもたついたように思う。ミステリー仕立てにこだわらないほうがよかったのではないか。けれどこれだけ「あやかしの世界」をいじれるのだからタダモノではない。これからを期待できる力を持っている。
「夜のユニコーン」ツノネズミの怪しいキャラクターと、現代の広告業界のせちがらくあざとい内幕がうまく調和して軽快に読み進めていけるライトファンタジイ。話の展開もテンポよく楽しめるけれどどこかしら常につくり話の安っぽさもチラチラしてそのへんがもったいない。話の展開からいえば単なるネズミに五万円も払って疑問を持たない、というあたりもリアル感をそいでいるように思った。そのへんのやや荒っぽいところは時に魅力にもなるのだが今回はそれがうまく働かなかったようだ。残念である。
「僕僕先生」小説には実にいろいろな読み方があるのだなあ、ということを選考委員会でまたもや知ったという作品。中国の昔の世界というのはある種ファンタジイの黄金地帯のようなところがあって、小説づくりの上では「なんでもアリ」の感じがする。だからこの小説の「仙人」と「仙人修行」の二人にもっととんでもない、小説でしかできないような破天荒でバカバカしいいろんなことをやってもらいたいという期待で読んだのがいけなかったのか「なんでもアリ」と思える世界の中で案外常識的なレベルで話が展開していくことにもどかしさも感じた。けれど他の選考委員に別の読み方を知らされ、ハッとした。そのひとつは「ニート小説」。なるほどなあ、と自分の読む力のなさをつくづく感じてしまった。仙人にもその出身に異なる類型があって「人間」からなるもの、「動物」からなるもの、「そのほかわけのわからないもの」からなるもの、などという記述や、男女の違いというのがとくに明確ではなく千年生きるじいさん的キャラクターからいきなり美少女になってしまい主人公のニート青年と一夜をともにする、などという関節技のような話づくりにボキボキ攻められているうちにこのなんとも不思議な小説世界にからめとられてしまったという感じ。
「カッパドキア・ワイン」スケールと話のダイナミズムにくらべると抑制されたお話づくりがなかなかのもので、いつのまにかこの作者の「お話づくり」の手の内に難なくのせられてしまったという気分。それは小説づくりのうまさだと思うし読むここちよさでもある。この時代の「史劇」のようなものに興味がなかったが、読んでいくうちにそれらしい風景が見えてきて達者な描写力だなあ、と思った。本場のワインをめぐるパノラマ仕立てという構造には重厚な味があり、難しい戦闘シーンなどの描写も見事。やや難点は登場人物の類型的なことと、会話の軽さなどで、時折舞台装置のカーテンがめくれてしまったようなこころもとなさもあったが力のある小説を楽しんだ。

鈴木光司

鈴木光司スズキ・コウジ

成長の物語

 欧米人と話していて、会話のテーマが日本文化に及んだりすると、その特徴として「子どもっぽさ」を指摘されることが多い。なるほど、その通りだと思う。世界に冠たる日本の漫画、ゲームはともかくとして、日本文学の中に、毅然とした態度で意志を貫き通す強靱な男が登場する場面などほとんど皆無。優柔不断な男が、活発で、男勝り、魅力的な女性に導かれる展開ばかり多々見受けられる。古来から母性性を色濃く有する日本文化は、成熟した男性性欠如の特色をもって、欧米世界と一線を画していると思われてならない。「サムライ」のイメージが先行したせいでよけい、ギャップが目立ってしまうのだろう。
 今回の大賞受賞作「僕僕先生」は、現代風の、ニートともいえる青年が、かわいくて魅力的な少女仙人にリードされ、中国の辺境を旅して回りながら成長していく物語である。
 超能力を駆使した旅ゆえに超えるべきハードルは低く、こんなことで青年主人公に成長がもたらされるのだろうかと、危惧しながら読んだ。自分を含めた「世界」と対峙し、それを破壊する勢いで立ち向かわねば、変革も、大人としての成長も、もたらされないだろうに。
 語り口は軽く、人物描写も鮮やか。簡潔な文章でありながら、表現は的確である。登場人物はみななんともかわいらしい。こういった魅力的なキャラクターは、作ろうと思ってできるものではなく、天性のなせる業だ。将来性を評価した。
「カッパドキア・ワイン」は、伝説のブドウの苗を求め、アンティオキアまでの道を辿る冒険譚であり、一種のヴィルディングスロマンである。おのれの知力体力をふり絞って、眼前のハードルを超えるほかなく、こちらの展開には共感を覚えた。全編を通して、ワインへの愛があふれ、読み終わるや美味しい赤ワインが飲みたくなってしまった。面白いけれど、小説としては実にオーソドックス。表現形式に冒険が欲しいところだ。
「闇鏡」の筆致は安定して、文章の手練を思わせる。一読して情景が一気に広がるほどの、優れた表現が散りばめられている。特に冒頭部分は秀逸で、どれほど情熱的、官能的な愛の物語が繰り広げられるかと思いきや、ここ何年かファンタジーノベル大賞の定番ともなってしまった捕物帳に落ち着き、ばたばたと事件の解説が為される展開が実に惜しい。しかし、自分独自の雰囲気と作風を身に付けているのは確か。力量は大いに買うところだ。
「夜のユニコーン」もまた、仕事での失敗による挫折と失恋の痛手を、次の仕事へのチャレンジで克服し、新しい恋人を得るという、一種の成長物語である。軽いユーモアには好感が持てたが、登場人物同士の絡み合いに葛藤がなさ過ぎる。やはり全体的に子どもっぽい雰囲気が漂う。ところで、「ユニ」は一体どこから来たのか。不自然なシチュエーションを作るのはいいとしても、「ファンタジーだから」という理由のみで、説明を一切省いているとしたら、それはちょっと甘い。

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