川端康成文学賞



第三十二回川端康成文学賞




受賞作品


「ロック母」 角田光代

「群像」 2005年12月号


受賞のコメント


 ピアス開けたいんだけどどうすればいいの、と母が言ったのは十年ほど前のことで、私にしてみればそれはたいへん突拍子のない意見であった。そのとき母は六十歳であり、母とピアスというのは幼児と拳銃ぐらいかけ離れた組み合わせであったから。一カ月ほどのちに、ピアスを開けにいこうか、と誘ってみると、母は自分の言葉などすっかり忘れたように「こんなおばあさんがピアスなんて開けたらみっともない」と眉間にしわを寄せた。みっともない、と言うのが私の知っている母で、ピアスを開けたいと願った母は、私の知らない母だった。
 なぜピアスなんか開けたいと思ったの、と私は訊き損ねた。だから、母が亡き今、ピアス発言は永遠の謎である。私の知らない母は、私の知っている母がいなくなってからどんどん存在を大きくする。私は今や、母だった人がだれだったのかわからなくなりかけている。
 だれだったかわからない母とこの先もずっと関わっていていいのだと、いや、関わっているべきなのだと受賞の知らせを聞いたとき、思った。そういう意味でもうれしかった。ありがとうございました。



〔角田光代氏略歴〕
昭和四十二年神奈川生れ。早稲田大学第一文学部卒業。平成二年「幸福な遊戯」で「海燕」新人文学賞、平成八年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、平成十年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、平成十一年『キッドナップ・ツアー』で産経児童出版文化賞フジテレビ賞、翌年同作で路傍の石文学賞、平成十五年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、平成十七年『対岸の彼女』で直木賞を受賞。



候補作品


久介の歳 黒井千次
20マイル四方で唯一のコーヒー豆 池澤夏樹
ハナレイ・ベイ 村上春樹
書庫の母 辻井喬
一夜 西村賢太
尋牛図 日和聡子
ロック母 角田光代
植林 桐野夏生

選考委員


秋山駿 アキヤマ・シュン

1930年東京生れ。早大仏文科卒。1960年、評論「小林秀雄」で群像新人文学賞を受賞。1990年、『人生の検証』で伊藤整文学賞受賞。1996年刊行の『信長』で野間文芸賞、毎日出版文化賞を受賞。他に、『舗石の思想』『知れざる炎―評伝中原中也―』など多くの著書がある。日本芸術院会員。



井上ひさし イノウエ・ヒサシ

(1934-2010)山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後、「ひょっこりひょうたん島」の台本を共同執筆する。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『腹鼓記』、『不忠臣蔵』(吉川英治文学賞)、『シャンハイムーン』(谷崎潤一郎賞)、『東京セブンローズ』(菊池寛賞)、『太鼓たたいて笛ふいて』(毎日芸術賞、鶴屋南北戯曲賞)など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍した。2004(平成16)年に文化功労者、2009年には日本藝術院賞恩賜賞を受賞した。1984(昭和59)年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行った。



小川国夫 オガワ・クニオ





津島佑子 ツシマ・ユウコ

1947(昭和22)年、東京生れ。作家・太宰治の次女。白百合女子大学英文科卒。在学中より「文芸首都」「三田文学」に参加。『寵児』(1978年女流文学賞)、『光の領分』(1979年野間文芸新人賞)、『黙市』(1983年川端康成文学賞)、『夜の光に追われて』(1987年読売文学賞)など受賞作多数。1991年10月から翌年6月までパリ大学東洋語学校で日本文学を講義する。『謝肉祭』『大いなる夢よ、光よ』『かがやく水の時代』など多くの作品がある。



村田喜代子 ムラタ・キヨコ

1945年、福岡県北九州市八幡生まれ。1985年、自身のタイプ印刷による個人誌「発表」を創刊。1987年『鍋の中』で芥川賞を受賞。1990年『白い山』(文藝春秋刊)で女流文学賞を、1992年『真夜中の自転車』(文藝春秋刊)で平林たい子賞を、1998年『望潮』で川端康成賞を受賞した。『花野』(講談社刊)、『蕨野行』『蟹女』『龍秘御天歌』(文藝春秋刊)などの著書がある。



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