川端康成文学賞



第三十三回川端康成文学賞




受賞作品


「海松(ミル)」 稲葉真弓

「新潮」 2007年2月号


受賞のコメント


 この小説の舞台となった三重県の半島の山地を歩いていると、思いがけないものに出会う。あるときは海辺で、さびついた錨を隠すほどの地牡蠣の塊に出会った。生き物に侵略された鉄は、鉄であったときよりもアグレッシブに見えた。
 別の時は、人気のない山道が真っ赤になっているので、ふと上を見上げると、藪椿の大木が花を間断なく落としているのだった。人間だけに何事かが起きるのではない。あらゆるものに、変容は降りそそぐ。
 通い詰め、なじんだ半島の話で、賞をいただけることになったのが、なによりもうれしい。
 いま思うと、ここ半年ほど、親しい友人、知人たちにいい風が吹いていた。大病からの回復、念願の仕事の成就など。まさか、私にもいい風が吹き、光がさして来るなんて……。いま、とても晴れやかです。ありがとうございました。



〔稲葉真弓氏略歴〕
昭和二十五年愛知県生まれ。県立津島高校卒。昭和四十八年「蒼い影の傷みを」で女流新人賞、昭和五十五年「ホテル・ザンビア」で作品社作品賞、平成四年「エンドレス・ワルツ」で女流文学賞、平成七年「声の娼婦」で平林たい子文学賞を受賞。



「蛹」 田中慎弥

「新潮」 2007年8月号

受賞のコメント


 おかしなものだ。それは私に違いないのに、私だ、と意識する傍から私でなくなってゆくかのようだ。こうして存在している私でさえもが、そのまま三十六年前に戻り、羊水の中に溶けてゆきそうだ。昭和四十七年の春、私はまだ母の胎内にいた。世界的な作家はその頃この世を去った。溶けたのでも消えたのでもない。命を絶ったのだ。私はいま、自分の存在に慄然とせざるを得ない。そんなこと、ただの驕りでしかないかもしれないが。溶けたり消えたりせず、命を絶ちもせず、一番好きなこの作家をこれからも読んでゆく。


〔田中慎弥氏略歴〕
昭和四十七年山口県生まれ。山口県立下関中央工業高校卒業。平成十七年「冷たい水の羊」で新潮新人賞受賞。平成十九年「図書準備室」、平成二十年「切れた鎖」が共に芥川賞候補となった。




候補作品


ヘルシンキ 池澤夏樹
ジュニエ爺さんの馬車 森内俊雄
海松(ミル) 稲葉真弓
遁世記 小林恭二
青春の末期 辻仁成
田中慎弥
随時見学可 大竹昭子
Aデール 玄侑宗久

選考委員


秋山駿 アキヤマ・シュン

1930年東京生れ。早大仏文科卒。1960年、評論「小林秀雄」で群像新人文学賞を受賞。1990年、『人生の検証』で伊藤整文学賞受賞。1996年刊行の『信長』で野間文芸賞、毎日出版文化賞を受賞。他に、『舗石の思想』『知れざる炎―評伝中原中也―』など多くの著書がある。日本芸術院会員。



井上ひさし イノウエ・ヒサシ

(1934-2010)山形県生れ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後、「ひょっこりひょうたん島」の台本を共同執筆する。以後『道元の冒険』(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、『手鎖心中』(直木賞)、『吉里吉里人』(読売文学賞、日本SF大賞)、『腹鼓記』、『不忠臣蔵』(吉川英治文学賞)、『シャンハイムーン』(谷崎潤一郎賞)、『東京セブンローズ』(菊池寛賞)、『太鼓たたいて笛ふいて』(毎日芸術賞、鶴屋南北戯曲賞)など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍した。2004(平成16)年に文化功労者、2009年には日本藝術院賞恩賜賞を受賞した。1984(昭和59)年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行った。



小川国夫 オガワ・クニオ





津島佑子 ツシマ・ユウコ

1947(昭和22)年、東京生れ。作家・太宰治の次女。白百合女子大学英文科卒。在学中より「文芸首都」「三田文学」に参加。『寵児』(1978年女流文学賞)、『光の領分』(1979年野間文芸新人賞)、『黙市』(1983年川端康成文学賞)、『夜の光に追われて』(1987年読売文学賞)など受賞作多数。1991年10月から翌年6月までパリ大学東洋語学校で日本文学を講義する。『謝肉祭』『大いなる夢よ、光よ』『かがやく水の時代』など多くの作品がある。



村田喜代子 ムラタ・キヨコ

1945年、福岡県北九州市八幡生まれ。1985年、自身のタイプ印刷による個人誌「発表」を創刊。1987年『鍋の中』で芥川賞を受賞。1990年『白い山』(文藝春秋刊)で女流文学賞を、1992年『真夜中の自転車』(文藝春秋刊)で平林たい子賞を、1998年『望潮』で川端康成賞を受賞した。『花野』(講談社刊)、『蕨野行』『蟹女』『龍秘御天歌』(文藝春秋刊)などの著書がある。



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