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受賞作品
「海松(ミル)」 稲葉真弓
「新潮」 2007年2月号


受賞のコメント

この小説の舞台となった三重県の半島の山地を歩いていると、思いがけないものに出会う。あるときは海辺で、さびついた錨を隠すほどの地牡蠣の塊に出会った。生き物に侵略された鉄は、鉄であったときよりもアグレッシブに見えた。
別の時は、人気のない山道が真っ赤になっているので、ふと上を見上げると、藪椿の大木が花を間断なく落としているのだった。人間だけに何事かが起きるのではない。あらゆるものに、変容は降りそそぐ。
通い詰め、なじんだ半島の話で、賞をいただけることになったのが、なによりもうれしい。
いま思うと、ここ半年ほど、親しい友人、知人たちにいい風が吹いていた。大病からの回復、念願の仕事の成就など。まさか、私にもいい風が吹き、光がさして来るなんて……。いま、とても晴れやかです。ありがとうございました。


〔稲葉真弓氏略歴〕
昭和二十五年愛知県生まれ。県立津島高校卒。昭和四十八年「蒼い影の傷みを」で女流新人賞、昭和五十五年「ホテル・ザンビア」で作品社作品賞、平成四年「エンドレス・ワルツ」で女流文学賞、平成七年「声の娼婦」で平林たい子文学賞を受賞。

「蛹」 田中慎弥
「新潮」 2007年8月号

受賞のコメント

おかしなものだ。それは私に違いないのに、私だ、と意識する傍から私でなくなってゆくかのようだ。こうして存在している私でさえもが、そのまま三十六年前に戻り、羊水の中に溶けてゆきそうだ。昭和四十七年の春、私はまだ母の胎内にいた。世界的な作家はその頃この世を去った。溶けたのでも消えたのでもない。命を絶ったのだ。私はいま、自分の存在に慄然とせざるを得ない。そんなこと、ただの驕りでしかないかもしれないが。溶けたり消えたりせず、命を絶ちもせず、一番好きなこの作家をこれからも読んでゆく。


〔田中慎弥氏略歴〕
昭和四十七年山口県生まれ。山口県立下関中央工業高校卒業。平成十七年「冷たい水の羊」で新潮新人賞受賞。平成十九年「図書準備室」、平成二十年「切れた鎖」が共に芥川賞候補となった。

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