女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第17回R-18文学賞 
選評―辻村深月氏

テーマと設定に向き合う

辻村深月

『You Can Use My Car』は、冒頭から物語がもう動いています。主人公はどうやら「夏樹くん」という男性と一緒に車に乗り、沖縄の海の近くで誰かを探している――。この入り方に、まず心を摑まれました。主人公が現在進行形で人探しの旅をしながら、冒頭からの振り返りで「どうしてここに至ったのか」が明かされていくロードムービーの構成がちょっとした謎解きのようで、非常にリーダビリティがあります。新人賞の応募作ではあまり見ない導入で、そこに著者の力量を感じました。
 主人公は、叔父と恋人の恋のいわば傍観者で、ラストも彼女自身が大きく先に進む展開ではないのですが、大きく進むことだけが小説のゴールではないのだということを確かに見せてもらえたように思い、力強い小説だと感じました。
 次に、『森のかげからこんにちは』。この小説は、これまた新人賞の応募原稿では滅多に目にしない、「あなた」の視点を取り、語り掛けるような口調で進む二人称の小説です。相当の力量がなければ挑めない書き方だと感じます。
 暮らしていた家に幽霊が存在している、という見えない世界との境界の揺らぎを匂わせつつ、実は語り手の「私」も幽霊だと明かす展開は、ストレートに読んでもおもしろく、読み応えがあるものですが、私はそこから一歩進んで、この話を、亡くなった「私」への後ろめたさから「あなた」の思いが作り出した物語なのかもしれない、と読みました。「私」がもし幽霊になって自分たちを見ていたら、きっとこんなふうに思うに違いない――、今は亡き親友の恋人と関係を持った自分自身について、死者の目線を通じて語っているような、そんな印象を受けたのです。幽霊という非現実的な設定があってもなくても読め、どちらの視点からであっても物語が構成できる。どうしてそれが可能なのかと問えば、この小説に圧倒的な奥行きと厚みがあるからです。とても好きな小説でした。
 候補作をすべて読み終えて、この二つの小説が群を抜いて素晴らしかった。選考の結果、『森のかげからこんにちは』が大賞に、『You Can Use My Car』が読者賞に選ばれ、世に送り出すことができてとても嬉しいです。お二人とも、次にどんなものを書かれるか予想がつかない著者なので、今後のご活躍を楽しみにしています。
『蝶々むすび』も、仕掛けがある小説です。ただし、その仕掛けの方法がやや乱暴。「二十五にもなりながら女子高生の制服を着て電車に乗っている」主人公の物語を、私たちはまるごと読む覚悟があります。彼女がそうしなければならない理由があるのなら、それを受け止める気持ちで読みます。しかし、それがこの仕掛けを用いることによって、著者がコンプレックスに大小をつけているように感じられ、ジェンダーを都合よく利用したように思えてしまいました。
 叙述の仕掛けは便利ですが、とても怖いものです。隠れ蓑にする設定の前に著者の無意識の考え方が透けてしまっているようで、結果としてそれが物語から繊細さを奪ってしまった気がします。
『猫と暮らせば』。短い言葉による会話なのにテンポが悪く、話者を見失ってしまう。猫と暮らし、これまで自分のことにしか目が向かなかった主人公に他者への思いやりが芽生える過程はいいと思ったのですが、それが容易に「新しい出会い」に結びつくラストになってしまったのが残念でした。
『卒業旅行』。主人公が生涯の思い出としてあたためるやっちゃんとの一夜なのだから、起こった出来事を時系列順に羅列した日記のような書き方になってしまっているのがもったいない。クライマックスを経たその後に何を読ませたいのか。どう書けばそれが伝わるのか。もう少し心を砕いて、読者の目線で構成を考えてみてください。
『アップル・デイズ』。夫と対決するも、彼のシャッターが下りたままのラストの味わいや、キラとサカマくんを巡るクラスの女子の雰囲気などが好きです。ただ、主人公である母と娘の成長に、具体的に光るエピソードがあまりなかったように思います。自分を受け入れてくれる隣人の存在や、ガーデニングに没頭する展開にも既視感があり、一カ所でいいので、この著者にしか書けない爪痕のようなものを、よくも悪くも、こちらに残してほしかったです。

 候補作をすべて読み終え、今年は六作のうち半数以上の四作がLGBTについて描くものだということに気がつきました。テーマで選んだわけではなく、小説の完成度から選んだ偶然の結果なのでしょうが、「女による女のためのR-18文学賞」にそうした候補作がそろったことが感慨深いです。
 受賞作となった作品は、自然な流れとして性別や同性愛を扱っていたのに対し、受賞とならなかった作品はどこかそれを小道具のように使ってしまっている印象でした。この賞は「女による女のための」と銘打った、人の心の機微、性差の機微、コンプレックスや生きにくさと向き合ってきた賞です。その賞から送り出される作品として、どうしてそのテーマなのか、今一度考えてみてください。この設定、この人たちでなければ表現できない、と思える物語を、皆さんからまたお待ちしたいです。