新潮選書 |
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「3」の発想―数学教育に欠けているもの―
「2」と「3」の間には、計り知れない違いがある!
昔、ビリヤードに凝っていたことがある。プレーの仕方はさまざまだが、醍醐味は何と言っても、6つのポケットのいずれかに「スコーン」と心地よい音を立てて、狙った球が入ることだろう。
キュー(長い棒)で最初に打つのは、白い球。その白い球で、色のついた球を、狙ったポケットに入れる。「白球→カラー球→ポケット」だ。白い球が、カラー球のどの地点に当たるかで、カラー球の行き先が決まる。熟練すればするほど、精度は高まり、面白いようにポケットにボールが入っていく。
ある時、大学で物理を専攻した友人とプレーしたことがある。彼は、こう教えてくれた。
「球が3つになると、人間の頭脳では、3つ目の球の動きを計算して入れることはほとんど不可能なんだよ」
つまり、「白球→カラー球→カラー球→ポケット」を狙って打てるプレイヤーはいないということだ、もちろん、まぐれは別にして。
少しでも慣れた人ならば、「白球→カラー球→ポケット」を打つとき、ほとんど瞬時に打つべき角度を決断できる。が、カラー球が1つ増えたとたん、選択肢は無数に増え、球の動きは予想もつかず、私たちは「まぐれ」にしか頼れなくなる。
物理学の世界で言えば、「2体問題」の物質の動き方は2世紀以上も前にニュートンにより完全に解明されているのだが、「3体問題」はいまだに解明されていない未知な世界ということだ。
ビリヤードに限らず、「2」と「3」の間には、計り知れないほど大きな違いがある。そのことを簡単な数学を例にして、楽しく教えてくれるのが本書である。読後に思うのは、どう考えてみても「『3』の発想」を身につけないと「考える数学力」は育たないということだ。スピード計算をいくら繰り返しても、「数学」の平原は目の前に広がってこないのだ。



