「子供たち怒る怒る怒る」 佐藤友哉
良くないことがこれから起こる。 絶対に起こる。 それはみんなが知っている。具体的に何が起きるかも知っている。だけど誰にもとめられないし、誰にも防げない。どんなに手をつくしても無駄だ。どこまで逃げても無理だ。あきらめるしかない。それがくるのをただ待って、実際に発生して、ああ本当に起きてしまったと思うしかない。 1 両親が別れたので神戸市に移った。 神戸といっても中心部から離れているので、しゃれた建物も美しい夜景もない単なる住宅街だ。だけど小さな山村しか知らないぼくは、マンションが並ぶだけの退屈な風景を見て気分を盛りあげる。一つ離れた妹もそうであるらしく、電車の窓から見えるマンション群に感激の声をあげていた。 ここがぼくたちの新しい場所。 新生活を送る地。 そう思うと充実した幸福が不安を打ち消して、半ズボンから伸びる脚が、飼い慣らされていない仔犬のように勝手に跳ねた。 「あんたたち、静かに生きるんだよ」 今日から暮らすことになる賃貸マンションに入った瞬間、母がそう云った。 ぼくと妹はすぐに返事をした。 静かに生きる。 それはぼくたちにしてみれば呼吸をするくらいに当然のことなので、努力する必要も注意を向ける必要もなかった。ぼくたちは静かに生きていた。息を殺して生きていた。家以外のすべての場所で、そうしてきた。 ぼくと母と妹は川の字で寝て、最初の夜をむかえた。急激な恐怖におそわれたのか妹が手を伸ばしたので、ぼくはにぎり返した。この手に誰かを落ちつかせる力などないし、それどころか不快な混乱をまねいてしまうのは解っていたが、それでもにぎり返した。できるだけ優しく。 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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