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【冒頭部分掲載】

ディスコ探偵水曜日

舞城王太郎


      第一部 梢

       

 今とここで表す現在地点がどこでもない場所になる英語の国で生まれた俺はディスコ水曜日。Disとcoが並んだファーストネームもどうかと思うがウェンズデイのyが三つ重なるせいで友達がみんなカウボーイの「イィィィィハ!」みたいに語尾を甲高く「ウェンズでE!」といなないてぶふーふ笑うもんだから俺は……いろいろあって、風が吹いたら桶屋が儲かる的に迷子捜し専門の探偵になる。俺のキャディラックのボディにはの名前と事務所の住所と電話番号の上に「ベイビー、あんたが探してんのは結局あんた自身なのよ」って書いてある。
「冗談みてえな生き方してんじゃないよ」と俺に会うみんなが最初は言うが、とどのつまり、お前らの生き方と俺の生き方と、どういう違いがあるんだよ?だいたい俺だって税金払って行列に並んでCD片づけて、スタンドで隣の奴らと喋ってるときにファールフライが飛んでくる気配があったらびくっと身を固くするんだ。当たり前だ。そういうリアリティからは何人たりとも抜け出せない。俺が冗談ならお前らだってみんなそうなんだろう。対向車線に突っ込むカーチェイス、夜中の奇妙な間違い電話、俺をはめようとする依頼人、どんでん返し、どんでん返し、そういうしょうもないアメリカ映画的なガジェットを全てリアルに生きてみると、まあ起こるべきところにそういうことは起こるんだなあと思う。あと、そういう映画とかじゃ描かれないいろんな脱線も起こり、そういう流れで俺は日本の東京にいて可愛い梢といっしょに住んでいる。山岸梢は六歳になってすぐ織田建治に盗まれて三ヶ月間世田谷のど真ん中にある織田の豪邸の中で暮らしていたのを俺が探し当てて保護したのだが、山岸和夫とかの子は梢を取り戻して二ヶ月で俺のところに電話してきて梢を織田のところに戻していい、と言った。「先方がまだ梢のことを愛していて、欲しがっていればの話ですけど」とかの子が言うので俺は「梢ちゃんは性的ないたずらとかそういう目に遭った訳じゃないですよ」と言うが、「そういうことじゃないんです」とかの子は言う。「もうとにかく私たちの子供のように思えないんです。さらわれる前と何が違うという訳じゃないんですけど、たぶん私たちの方が変わっちゃったんでしょうね」。さらなる二ヶ月間の実家ホームステイとカウンセリングとあらゆる説得の後に、俺は織田の方に打診してみるが、猛省と悲嘆と改心を律儀に経たらしい織田は、たとえ法律的に正式の親子となれる条件でも、もう同じ過ちはしたくないと言ってから慰謝料にさらに金額を足しましょうかととんちんかんなことを言う。
「お金で何とかしようと思ってる訳じゃないんです。でもお金ってのは、まあときに微力ながら、働くことがありますよ?」

続きは本誌にてお楽しみ下さい。