(文・都築響一)
神戸三ノ宮から地下鉄西神・山手線に乗って約30分。伊川谷(いかわだに)は「神戸」というしゃれた語感からはほど遠い、田んぼとスーパーマーケット、中古車屋にファストフード店が混じり合う典型的な郊外の町だ。駅からさらに車で10分ほど、県道沿いに建つ大きなカラオケボックスで、小林勝行は僕を待っていてくれた。
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「ここがラップの練習場所でもあるんです」と照れたように語る彼は、親友と組んでいたユニット「神戸薔薇尻(こうべばらけつ)」名義で2006年に「蓮の花」(DJ NAPEY『FIRST CALL』)が、翌年にはよく知られたオムニバスアルバム・シリーズ『CONCRETE GREEN』に「絶対行ける」が収録されるなど、数曲がいきなり注目を集め、しかしいきなり沈黙。それから4年経った去年(2011)の11月、小林勝行名義で初のソロアルバム『神戸薔薇尻』を発表したばかりの、ミステリアスな新進ラッパーだ。
ほんの数ヶ月前まで、失礼ながら名前も知らなかったその新人のCDを、大した期待も持たずに買って、ネットかなにか見ながらパソコンにセットして1曲目を聴きだしたとたん、僕はキーボードに指を置いたまま動けなくなってしまった。ヒップホップ用語で言うフック(曲のメインフレーズやサビなど)もなにもない、あまりに有名なビル・ウィザースの「リーン・オン・ミー」のイントロだけを延々と繰りかえしながら、8分58秒にわたって語られる物語。「108 bars」と名づけられたその曲は、かたちこそヒップホップではあるけれど、むしろ咆哮するように朗読される詩であり、都市の暗部でもがく日々をうたう若き吟遊詩人のオデッセイであった。
続きは本誌にてお楽しみ下さい。
1981年1月6日、神戸市垂水区生まれ。2006年に「神戸薔薇尻」名義で音楽活動を始め、DJ NAPEYのセカンドアルバム『FIRST CALL』に「蓮の花」、SEEDA & DJ ISSOによるオムニバス・アルバム『CONCRETE GREEN』に「絶対行ける」、そしてSCARSのSACがシーンの重要MCを招聘したアルバム『FEEL OR BEEF』に「ちょけんねん」、同郷の神門と発表した「HERE IS HAPPINESS」など、発表曲数は少ないながらも常に爆発的なインパクトを残してきた。
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等身大というよりも赤裸々で生々しく、波瀾万丈な世界観とブッ飛んだワードセンスとブルースを感じさせ、ラップと同一線上に歌を落とし込む独特のスタイル、声質とフロウ、相乗効果を生む関西弁…全てが唯一無二。ギャングスタでもハスラーともひと味違うリアルな世界を断片的な心情と情景の描写によって描き出し、聴き手の想像力を掻き立てそのストーリーへと引きずり込む。