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2008年6月号


「生垣の女たち」古井由吉

 夏のたそがれ時に縁側に坐って庭越しに正面の生垣を眺める老人の姿を、男は妻を亡くして一年ほどになり、そんな時刻に一人暮らしの五階の住まいから思い出して、見えるはずもない影を探すことがある。暗くなった地面に蚊遣りの匂いが流れていた。老人の背後には薄い電灯を映して障子が閉ざされている。今晩は、いま帰りました、と男は声をかけて縁先を通る。若い足取りが自分でさわがしく感じられた。老人は顔をあげて、遠くを過ぎる影を追う目つきから、ふいに居ずまいを改めかけ、いまにもこちらに向かって手でも合わせそうな動きを肘のあたりに見せたが、ああ、お帰り、今日も暑かった、とくつろいでまた生垣のほうに眺めふけった。何を見ているのだろう、と男は母屋のはずれから離れのほうへまわりかけて振り返ると、暗がりから生垣が淡く浮かびあがり、ところどころに這いかかる、夕顔がほんのりと花をひらいた。見つめる老人の眼の、あるいは髪の、光の照り返しか、と妙なことを思った。庭木の梢に細い月が掛かっていた。
 あの老人の年も越えてしまったか、と男は今に返る。数えで七十になりました、この秋には満でも七十です、と老人はおしえた。あなたたちにとってはいずれ、古来稀でもなくなるのでしょう、と言った。その秋の末に亡くなった。
 百坪ほどの庭だった。庭を南に控えて母屋は建っていた。平屋だった。庭ほどには大きな家でもなかった。若い者の目には古ぼけて見えたが、終戦直後の俄普請だという。戦前の家は区内のほうの大空襲のトバッチリで、まぎれの弾にまともにあたって焼けてしまった。当時はあたり一帯ほとんど畑の中で一軒だけ、派手な炎上だった。つい十年ほど前までは庭は家の畑になっていて、主人みずから肥をまきもした。今ではこの辺も昔にくらべれば狂ったような地価になっているようで、これからまだまだ上がるだろうから、せいぜい長生きして、若い者に孝行しろと人に言われた。賢いんだか呑気なんだか、と老人は苦笑していた。東京オリンピックの年になる。
 戦前の家の焼かれた跡に仮住まいのように建てられたことは男の眼にもおいおい呑みこめた。母屋は敷地の北西の隅につましく寄せられている。当初は小さな家であったらしく、その後の建増しの継ぎ目が見えた。南東の角に門があり、もともと控え目であったのがそこだけ焼け残ったらしく、熱煙を吹きつけられたようで門扉が黒く煤けて、ところどころ焦げた跡もそのままになっていた。そこから玄関まで間伸びのした道が続いて、ありあわせの石を点々と敷いていたが、その石もほとんど土をかぶっていた。門はつねに閉ざされ、かわりにすぐその脇の生垣に取って付けたような木戸から人は出入りした。表から腕を突っこんで、入る時には閂(かんぬき)を抜き、出る時には差した。閂が木戸の内側の低目についていて、建てつけも悪くて重いので、馴れるまでにしばらくかかった。庭をななめに抜ける時に男はしばしば、焼けた跡にしては地面に柔らかな弾力があり、季節の良い時には土の濃やかな肌目(きめ)の感触が足に伝わってくるのを訝ったが、何年にもわたって畑として耕されたおかげなのだろうと思った。母屋の東並びに離れはあった。ふたまの部屋に手洗いと、軒下へ出張った炊事場が付いていた。庭に向かって縁側もあった。そこで男は女と同棲していた。



 
続きは本誌にてお楽しみ下さい。

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