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第143回芥川賞「受賞のことば」赤染晶子

わたしは今回の作品で『アンネの日記』を題材にしました。この作品を書くきっかけのひとつになったひとりの女性がいます。ラーヒェル・ファン・アメロンヘンという人です。アンネ・フランクと同じ強制収容所を生き延びた人です。彼女のある言葉がわたしの作品の出発点にもなりました。
「こんなことをアンネは望んでいなかった」
戦後、アメロンヘンがアンネの隠れ家を訪問し、そこの観光客用のノートに書き残した言葉です。彼女はアンネの隠れ家を訪問し、強い違和感を覚えたと言います。そこには世界中から多くの観光客が訪れ、人々はしきりに写真を撮っていました。彼女はその雰囲気を異様だと表現しています。とりわけ日本人観光客について、彼女は強い違和感を覚えます。アンネ・フランクは歴史の犠牲者です。その一方で、少女幻想や少女性のシンボルとして真実から切り離されてロマンチック性の中で語られるという現実があります。特にこの日本ではその傾向が顕著だと言われています。アンネ・フランクという一人の人間に対して、わたしはこの時代を生きるひとりの日本人としてむきあってみたいと思いました。この作品を書いている間、わたし自身の中にずっと大きな迷いとためらいがありました。今、現在、アメロンヘンの言葉はわたし自身に突き刺さっています。
「こんなことをアンネは望んでいなかった」
わたしは今後もユーモアとともに文学に携わって行こうと思っています。その中でこのアメロンヘンの言葉を一生背負っていきたいと思っています。今後もテーマや対象に対して自分自身に問い詰めながら、文学に向き合っていきたいと思います。
この作品について、選考委員の先生方や編集部の皆さんや社内選考の段階などでたくさんの方に関わって頂いたのは本当に幸せな事だったと思います。これからも精進していきたいと思います。どうぞ、厳しい目で見守って頂ければと思います。この度は本当にありがとうございました。

* 本稿は、2010年8月20日に東京會舘にて行われた第143回芥川賞・直木賞贈呈式でのスピーチ原稿です。

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第143回芥川龍之介賞 受賞作
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乙女の密告
赤染晶子

京都の大学で、『アンネの日記』を教材にドイツ語を学ぶ乙女たち。日本式の努力と根性を愛するバッハマン教授のもと、スピーチコンテストに向け、「一九四四年四月九日、日曜日の夜」の暗記に励んでいる。ところがある日、教授と女学生の間に黒い噂が流れ……。言葉とアイデンティティの問題をユーモア交えて描く芥川賞受賞作。

ISBN:978-4-10-327661-6 発売日:2010/07/26


| 1,260円(定価) |
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