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新潮
立ち読み
2012年3月号
【100年保存大特集】創る人52人の2011年日記リレー
朝吹真理子(小説家)
一月二十二日(土)
朝から畳の上でのたうちまわる。原稿が終わらないので恐々とする。午前四時にようやく書きあがる。永遠に終わらないかと思った……。こめかみが痛むのをおさえながら入浴。「コールスローが憎悪の対象になる」という言葉が浴槽内でぐるぐる。午前六時、入眠しようとしている。生きることがはじまって二十六年経つらしいのに、いっこうに不慣れなままだと思う。
一月二十三日(日)
午後すぎ起床。本日からフランスに一週間出かけなくてはならないのに、まったく荷造りをしていない。慌ててものを片っ端から詰め込んでゆく。スーツケースの中であらゆるものが偶然のであいを……。faxでゲラを確認してから発つ前に夕食。ビール、子持ち昆布、山菜のてんぷら、ふろふき大根、うな重。鰻の骨がくちのうらにささる。旧山手通りに小雨が降るのを隣のひとの皮膚が湿ってふくらんだ気配で知る。触れなくてもわかる。かけがえのない時間を過ごしているという実感がこわい。幸福であるほどあとでうんとさびしくなることをいやというほど知っている。タクシーの中で小骨がささっていたところを舌で確かめる。しんとした真夜中の羽田空港で諸般の手続きを済ませ、免税店に並ぶ化粧品をぼーっとみる。人間は死ぬまでに何キロのクリームを顔に塗りたくるのだろう。お酒が急速にぬけてゆくのを感じる。さびしさをひきつれて機内にまで入りたくないと思う。午前一時三十分発の便に乗る。リリカルな感情に飽きがきたのか九時間ほど眠る。この一週間でいちばん深い眠りをとった、という感覚をもって目覚めた。
続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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朝吹真理子
アサブキ・マリコ
1984年、東京生まれ。慶應義塾大学前期博士課程在籍(近世歌舞伎)。2009年、「流跡」でデビュー。2010年、同作で堀江敏幸氏選考によるドゥマゴ文学賞を最年少受賞。2011年「きことわ」で第144回芥川賞受賞。
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