新潮文庫


マイマイ新子
高樹のぶ子

新子は九歳。気持がざわざわすると、額の真上のつむじ(マイマイ)が立ち上がる。社会が未来への希望に満ちていた昭和三十年、空想好きでお転婆の新子は、友達と一緒にどこまでも野原を駆けていく。毎日が終わらない冒険だ。けれどもきらめく少女の世界の向こうから、もっと複雑な大人の世界が囁きかけてきて……。誰もが成長期に感じる幸福と不安とを瑞々しく描く、鮮度100%の物語。

ISBN:978-4-10-102422-6 発売日:2009/04/01

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波 2009年4月号より

心のつばさを広げよう
映画『マイマイ新子と千年の魔法』公開にむけて
片渕須直


 空想好きの少女がいる。小川のほとりで「千年前にはここにどんな世界があったのかな」と考えている。高樹のぶ子氏の小説『マイマイ新子』の冒頭を読んで、少女が見ていた世界を僕も想像してみた。そこからアニメーション映画『マイマイ新子と千年の魔法』の製作は始まった。
 主人公の新子は九歳の小学生。額には負けず嫌いの証のつむじ(マイマイ)がある。昭和三十年、山口県の港町・防府で、新子は家族と暮らしている。防府はかつて周防の国の都として栄えた歴史のある土地だ。ここに千年前に、国司として赴任してきたのが、清少納言の父の清原元輔。きっと清少納言も同行してきただろう。千年の時空を超えて、同じ場所に生きていた同じ年頃の少女・清少納言の存在を、新子は生き生きと想像する。清少納言の心の中も。そこには新子と同じように「友だちを求める心」がある。永遠に変わらぬ、この「友だちを求める心」を、僕は映画に描きたかった。
 お転婆の新子は、お嬢様のような転校生の貴伊子と出会う。全然違うタイプの二人なのに、貴伊子は新子の奔放な想像力を受け止め、新子は貴伊子のデリケートな内面を察知する。貴伊子と心の絆を結んだことで、新子の内面は豊かになり、同級生のシゲルやヒトシ、先輩のタツヨシとの絆も深まってゆく。豊かな防府の自然の中で、子供たちの冒険が繰り広げられる。
 誰かと友だちになるには、目の前にいる友だちになりたい人の内側にまで、心のつばさをきちんと広げることが大切だ。けれど心のつばさは最初から自在に広げられはしない。新子の心のつばさも初めは、周囲の自然や千年前の世界に向いている。それは言い換えれば、自分の心の中だけに向いているということだ。けれども貴伊子や同級生と接することで、心は「人」へと開かれていく。
 しかし新子にとっての「人」は、すぐにわかりあえる子供たちだけではなかった。遊び友達だったタツヨシの父は警官だったが、やくざ相手のバクチの借金が嵩じて首を吊り、周囲の人たちから非難される。はじめて接した大人の世界を、新子は怖い闇のように感じる。けれどもその恐怖を振り払うように、タツヨシとともにやくざの賭場に敵討ちに行き、逆にやくざに諭されて、かえって相手を見直す。一度は拒絶したものをもう一度受け入れたとき、新子の心のつばさはひとまわり大きくなる。
 新子という少女には、高樹氏の少女時代が色濃く投影されている。はじめて大人の世界を知ったときの複雑な感情こそまさに、少女・新子がやがて小説家・高樹のぶ子へと成長する原点だったのではないだろうか。高樹氏の心の土壌を知るために、氏の多くの小説を読んだ僕は、そう感じている。
 完成した映画を見て下さった高樹氏は「ここにあるのは、まさに私が子供時代に見ていた風景」と言ってくださった。新子の心の成長を育む揺籃となった防府の風景は、昭和三十年当時に撮影された数多くの写真と昔の地図を丹念に照合させるという作業を繰り返して、ついに再現された。青い空とどこまでも続く麦畑に包まれて家屋が点在する、美しくのびやかな景色。夜には満天の星が空を彩る。けれども、取材のために訪れた現在の防府は、多くの地方都市がそうであるようにさびれていた。日本のすべての地方都市は今、急速に活気を失いつつある。しかし、だからこそ僕は、ほんの少し前まで地方に息づいていた自然を、人々の営みをいとおしく思う。映画の台詞を標準語ではなく、あえて防府の言葉にしたのは、「地方」へのオマージュからだ。このスクリーンに広がる風景は、決して遠い昔のものではない。ここに繰り広げられた新子たちの冒険は、決して特別なものではない。それは今を生きるあなたたちの知っている風景、知っている人生と、必ず重なるはずだ。

(かたぶち・すなお 映画監督)


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