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popeye物語
椎根和
“独断と偏見”“気分はもう夏”“VANが先生だった”――こういう名調子が、忘れられない。1976年6月に創刊された“シティボーイのためのライフ・スタイル・マガジン”は、まだ反米気分だった若者たちの生活と意見を決定的に揺り動かした。名エディター木滑良久の下に集った一騎当千のツワモノたちの破天荒な編集合戦の日々。
ISBN:
978-4-10-306671-2
発売日:
2008/03/27
1,575
円(定価)
波 2008年4月号より
夢の雑誌、雑誌の夢
中野 翠
何とも言いようのない興奮のうちに、椎根和さんの『popeye物語』を読み終えた。
私は『アンアン』は創刊号から……いや、その直前の『平凡パンチ女性版』から胸躍らせて読んだものだけれど、『ポパイ』は男の子雑誌だったから、それほど熱心に読んだわけじゃあない。近田春夫という若いライターの歌謡曲コラムや椎根和という社員ライターの芸人インタビューは愛読していたとはいえ、思い入れはあんまりない。そう思いながら読み始めたというのに、この興奮は何なんだろう。
雑誌『ポパイ』がマガジンハウスから創刊されたのは一九七六年六月二十五日。もう三十年以上も前なのだった。
当時のマガジンハウス(まだ社名は平凡出版だった)は「創業以来ずっと入社試験なしで、幹部社員の軽い面接と直観だけで社員を採用していた」という。『ポパイ』創刊編集長の木滑良久さんも中核編集者となった石川次郎さんも、そういう形で入社したのだった。
『ポパイ』では編集会議は一度もなかった。木滑編集長は新雑誌『ポパイ』に自分の退職金をつぎ込んだ……。木滑・石川コンビに、椎根さんをはじめとして続々と強い個性を持った人材が招集されてゆくくだりは、まるで映画『七人の侍』、あるいはマンガ家たちの『トキワ荘青春物語』のようだ。
創刊から数年間の『ポパイ』編集部の限りなく「無茶」に近い「闊達」さをしのばせるエピソードの数かずにわくわくさせられる。そして、ほんとうは、雑誌編集者志望だった私としては次のような一節にハッとさせられたりもする。
「木滑は新しい雑誌には、新しい言葉の開発、新しい文体が絶対必要だという考えを持っていた。編集部のだれかが、新しい文体を発見すれば、それだけでも雑誌は売れるという信仰のようなものが、木滑家の子供たち(〔注〕編集者たち)までゆきわたっていた」。
『ポパイ』がそれに成功したのは御存知の通り。
注目すべきは、『ポパイ』のライター志望の若者たちへの椎根さんのアドバイスが、「まず、東海林さだおの本をよく読め」だったということだ。私は、「あっ、なんて正しいことを!」と感心(感動と言ってもいい)した。
もうひとつ。「永井荷風の『断腸亭日乗』を読んだ次の日の小見出しつけは、とてもスムーズにいった。それ以降、ぼくは小見出しづくりにリズムとメリハリを与えてくれる『断腸亭日乗』を読み続けた。日本人ではじめて、文語体の文章で、日本語(カタカナとひらがな)と漢語(字)と横文字がまざった文体を完成させた荷風の文体は、英語とカタカナの多いポパイ風文体をつくる上で、参考になった」――という話。「あっ、なるほどねえ」とヒザを打った。
『ポパイ』3周年特別号(76号)は、木滑・石川体制としては最後の号。「ホゲホゲ気分で日本は安心」と題して東海林さだおの小特集が組まれた。「この小特集は木滑・石川体制のポパイへの頌歌のように読めた」と椎根さんは書いている。
「内坂、寺崎、松山、ウィンピー、後藤たちがポパイ風文体をつくりあげた。彼らの文には東海林さだおの根源的な正義感とあい通ずる柔らかな潔さがあった。雑誌の歴史でいえば、文字と写真という古典的な技術を使って大成功をおさめた最後の編集部といえるかもしれない」
「ポパイ以降、文字・文章をパワーの源として成功した雑誌は生まれていない。文字・文章をパワーと考えない編集部がつくる雑誌は衰弱するしかない」
「内坂、後藤、ウィンピーの世代までは、東海林の重さの意味を理解できた」――。
このくだり(引用部分のあとも)はぜひとも多くの人に読んでもらいたい。私は読みながら、自分が雑誌および雑誌づくりの世界に夢みたものは何だったのか、雑誌をあまり読まなくなった今になってやっとわかった。そして「つわものどもが夢の跡」と頭の中で呟いた。『popeye物語』読後の興奮にはそんな淋しさも混じっていた。
(なかの・みどり エッセイスト)
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