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幕末史
半藤一利
多くの才能が入り乱れ、日本が大転換を遂げた二十五年間。黒船来航から西南戦争まで、大混乱の時代の流れを、軽妙な語り口で平易かつ刺激的にひも解いてゆく。はたして明治は「維新」 だったのか。幕末の志士たちは何を成し、また成さなかったのか――。独自の歴史観を織り交ぜながら、個々の人物を主人公に活き活きと描いた通史。
ISBN:
978-4-10-313271-4
発売日:
2008/12/18
1,890
円(定価)
波 2009年1月号より
「昭和史」につながる「幕末史」
中村彰彦
「あとがき」によると、本書は「慶應丸の内シティキャンパスの特別講座として」おしゃべりしたところをまとめたものだそうだから、一種の語り下ろしである。「張り扇の講談調、落語の人情噺調の、杜撰きわまりない一席であった」と著者は謙遜しているが、難しく語ろうとすればいくらでも難しくなるところをざっくばらんに述べる手法は本書の魅力のひとつといってよい。
ガチガチの攘夷論者だった前水戸藩主徳川斉昭が、老中阿部正弘に黒船対策を語る場面を半藤さんはつぎのようにいう。
「『いいか、交渉するとみせかけて、白刃一閃、敵将の首をとり、乱入して船も人も奪ってしまおうではないか。そうすれば難問一挙に解決し、軍艦四隻も手に入る。(略)』
そんなことをしたら大変です。阿部さんは慌ててとめます」
斉昭は、たしかにこの程度の人物でしかなかった。その「程度」をひとつの会話に事寄せて、巧みに浮かびあがらせるところに半藤さんの芸がある。
しかもこの人、昭和史が専門かと思っていたらとんでもない。カメラでいえば、とても深い被写界深度で幕末維新史をよく見ておられる。
たとえば、幕末史の重要なヒストリカル・イフ(歴史上のもしも)に、一橋慶喜・松平春嶽・松平容保・伊達宗城・山内容堂・島津久光が参予会議という名の合議制を取り入れていたら共和政治を実現できたのではないか、そうすれば戊辰戦争は起こらなかったのではないか、という問題がある。
これはまことに熟考する意味のあるヒストリカル・イフではあるが、簡単には話しにくいことなので、私などはたまに講演してもこの問題ははしょってしまうことが多い。半藤さんはこの点もちゃんと論じているばかりか、陰のプロデューサーとして勝麟太郎の名を挙げているのは炯眼であろう。
なお本書は全十四章にわかれていて、第九章で最後の将軍慶喜が風を食らって大坂城から逃亡して以降は、維新史の話になる。というのに本書を『幕末維新史』とはせず、『幕末史』としたところにも半藤さんの目配りのよさがある。
私個人も何度か書いたことだが、佐賀の乱から西南戦争に至る不平士族の乱は明治という名の幕末に起こった事柄だった、と考えた方がよい。半藤さんがこの時代について、
「まさに権力奪取の戊辰戦争はまだ終わってなかったのですね」
と述べているのは、その意味で気持がよかった。
さて、終わりが近づくにつれて話は山県有朋にしぼりこまれる。この人物の最大の罪は、「参謀本部条例」を制定して参謀本部長の統帥権を政府から独立させたことにある。
「天皇の親裁をえた参謀本部長の軍令事項命令を、その意向がどうであろうと、陸軍卿はただちに実行しなければならなくなるわけです。ということは、陸軍卿を閣僚のひとりとする太政大臣も、軍令にかんするかぎり天皇の親裁をえた参謀本部長からの命令に従わなければならないことになったわけです」
これが明治十一年(一八七八)十二月のことだから、「国の基本骨格のできる前に、日本は軍事優先国家の道を選択していた」というのが、半藤さんの結論である。明治日本は健全だった、しかしその後どこかでおかしくなって亡国の道をたどったなどという講釈は、史実を見ていない。本書のように、日本は幕末がおわるや早くも亡国の因子を育てはじめていた、と考えるのが正しい歴史観なのだ。
長く昭和史を研究してきた半藤さんが、維新史ではなく『幕末史』を一冊にまとめねば、と思い立った理由もおそらくここにある。読んで面白い幕末談義が、成功裡に完結したことを喜びたい。
(なかむら・あきひこ 作家)
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