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蝶番
中島桃果子

東京に今年三度目の雪が降った日、四姉妹の長女・艶子は家出した。意味不明のメモを残して。姉妹の語りと日記から浮かび上がってくる、四人それぞれの息苦しさと生きにくさ。「わからないもの、としての人間がちゃんといて、瑞々しく、ときに鋭く、切り込んでくる」と江國香織さんが一人で選考し、世に送り出す長篇小説。

ISBN:978-4-10-313531-9 発売日:2009/01/22

立ち読み 書評

1,260円(定価) 購入

波 2009年2月号より

“誰かの子供”からの卒業
瀧井朝世


「ご家族は」
 そう聞かれて既婚者なら、配偶者と、いるなら子供のことを答えるだろう。実家暮らしなら、親と、いるならきょうだいや祖父母のことを答えるだろう。
 では実家を離れた独身者の場合はどうか。「一人です」か、「猫1匹です(笑)」か、それとも「実家に両親と、あと……」と答えるか。意外とその答えに、その人の心の拠点があらわれるように思える。“誰かの子供”として存在しているのか、独立した“私”としてそこにいるのか。特に20代の独身一人住まいだと、回答はバラバラになりそうな気がする。
 第4回新潮エンターテインメント大賞を受賞した中島桃果子さんの『蝶番』の語り手は四姉妹である。長女は28歳、四女は18歳。4人とも「ご家族は」と聞かれて「両親と女きょうだいが3人」と即答しそう。長女と次女は東京・麻布十番で一緒に暮らし、まだ学生の三女と四女は湖のそばにある実家(おそらく滋賀県)に住む。ある寒い冬の日、意味不明のメモを残して長女がいなくなり、3人の妹たちはそれを親に隠して連絡を取り合い、改めて自分たちのことを見つめなおす。その様子が、長女の日記と思われる文章と、3人の妹たちの一人称で、視点を変えながらつづられていく。
 4人のキャラクターがいい。〈アートっぽいこと〉をしつつ夜の町で働き、感覚的に生きる長女。クールで現実的、でも本当は虚勢をはっているだけ? と思わせる次女。甘えん坊のようで、結構客観的に周囲を見ている三女。親の期待を自ら背負い込んで、頑張って受験で結果を出したのに、すぐ自己嫌悪に陥る高校生の四女。交代で語られる口調から、それぞれの個性がはっきりと感じられる。
 4人の関係性がいい。それぞれに異なるベクトルを持っている。長女は妹たちをよく理解しているが、今は自分のことで精一杯。次女はコンプレックスがあるのか姉のことばかり考えている。三女はいたってマイペースだが、自分の勝手さもよく分かっている。四女は3人に比べて自分は平凡、とクヨクヨ。この姉妹、互いを傷つけないようにと、なんだかビクビクしている。傷つけたと思うとシュンとなる。長女が姿を消したことで四女は「気持ちを推し量れなかった自分が悔しい」と嘆くし、姉の身勝手さに激怒している次女だって、「自分が姉を傷つけたのではないか?」という思いがあるからこそ怒っているのだ。
 そして、強烈な第五の女がいる。母親だ。これがクセモノなのだ。自立したい長女に向かって、無邪気に高価な品物を買い与えようとし、拒絶されると怒る。次女の新しい恋人を認めず、自分は傷ついたとほざく。震え上がるのは、中学生だった四女に「あんた、気持ち悪いな」と言った過去。母親としてどうかと思う。付け足しておくと、遊び半分とはいえ、姉妹に順序をつける父親もどうかと思う。が、この家庭に崩壊の兆しはない。人を傷つけまいとする心根の姉妹の中に、そこまでの憎悪は生まれない。親の無神経な言動の記憶を留めながらも、娘たちはやっぱり両親が好きで、認めてもらいたいと思っている。この微妙な子供心、本人たちは気づいていないようだが読み手にはしっかりと伝わってくる。“誰かの子供”として苦い経験のある人なら、グサリとくる言葉や場面がたくさんあるはずだ。そして、そうした家庭環境が分かってくるにつれ、今回の長女がとった行動の意味、そして本書のタイトルの意味が見えてくる。
 人はいつ“誰かの子供”ではなくなるのだろう。もちろん精神的に、という意味で。自分で選びとった場所に、自らの足で立つために、どれくらいあがかねばならないのだろう。今回は長女が行動を起こした。まったくの個人的な予想では、たぶん、次に行動を起こすのは四女だ。自分を責め続けることの不合理さに気づいたら、きっと彼女は爆発する。こっそり連絡を取り合うのが長女。次女は意外と、不意打ちをくらったかのようにオロオロしそう。三女はまたもや、その様子を客観的に見ているのでは……。と、いい加減なことを述べてみたが、この姉妹が今後どうなっていくのか、さらに先を知りたいと思う読者は、多いのではないだろうか。
(たきい・あさよ フリーランスライター)

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