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電子の標的―警視庁特別捜査官・藤江康央―
濱嘉之

本庁の捜査は「24」を超えた! パスモ、Nシステム、監視カメラに偵察衛星。臨場した捜査官が発した至急報は、誘拐犯を追尾する、視えない静かな大捜査網の開幕を告げた――。華麗な一族の蹉跌、大企業が墜ちた奈落、腐臭を放つTVキー局幹部。驚愕のリアリティが疾走する、次世代警察小説の誕生!

ISBN:978-4-10-318221-4 発売日:2009/09/18

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波 2009年10月号より

特別捜査室は警視庁のイージス艦
杉田和博


 警視庁現職時代の著者と接点があったのは、僕が警察庁警備局長の頃だった。彼は公安部公安総務課勤務で、ばりばりの情報マンだった。それがいまは小説家とは、この書評の依頼を受けるまで知らなかった。警察小説というから刑事ものと勝手に想像していたが、公安の手法が取り入れられた捜査もので、なかなか面白い。僕が警察OBだからそういう読み方をするのかもしれないが、いまの警視庁が抱えている問題点を突いているのだ。
 警視庁は巨大な組織で、各部の独立性が強い。各々が伝統的な「ムラ文化」を持ち、捜査手法も微妙に違う。そのため、急場の合同捜査では情報の共有などの連携がスムースに行かない。政治団体や暴力団、カルト的宗教団体などの組織が絡んだ特殊な事件になると、情報不足で対応が遅れ、そこで方向性を見誤ると、予想外の事態に陥ってしまう。
 小説ではそこを、主人公の警視正・藤江康央が改革していく。警視総監から特命を受け、捜査一課の中に常設の精鋭捜査部隊を創るのだ。市民の生命にかかわる特異かつ緊急の事態に対処するため、状況判断に役立つ情報を素早く集約・分析し、科学捜査、鑑識などの部門も自前で持つ「特別捜査室」。僕に言わせれば、この多機能性は警視庁がイージス艦を所有したのも同然だ。心強い。
 特別捜査室の室長に就任した藤江は、もともと捜査の指揮経験も豊かで、何より法文系キャリアには珍しく、先端科学技術や情報システムに滅法強い。女性にモテ過ぎて優柔不断なところがあるが(実は仲間内ではこういう脇の甘い人間のほうが親しみをもたれる)、仕事での決断が早く、行動力がある。
 初出動の誘拐事件捜査で、藤江は特別捜査官に相応しい優れた能力を発揮する。オペレーションセンターにあって、地下鉄サリン事件やアメリカの同時多発テロを契機に格段と整備された鉄道・空港など交通機関における監視システム、Nシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)、音声分析、公安部などが保有する特殊情報など、多方面から得た情報を活用し、犯人グループの痕跡を追う。最後は情報収集衛星の画像を処理・分析して犯人のアジトに辿り着き、事件に広域暴力団が絡んでいることを突き止める。
 藤江が駆使する情報インフラは(ハリウッド映画の産物とも言うべき情報収集衛星の高性能性を除けば)現実の警視庁にも整っているのだから、捜査で大いに活用されるべきだが、如何せんキャリアの中には藤江のような人材がいない。
 とにかく藤江はカッコ良い。良すぎるぐらいだ。キャリアなのに現場第一主義というのも好感度が増す。警備部の対テロ特殊部隊SATを指揮下に入れて敵のアジトに突入することを決断すると、即座に部隊訓練を見に行き、装備資機材と練度、技術を自らの目で確認するし、ヘリコプターで捜査現場に赴き、周到な準備をした上で自ら立てた突入作戦を自信を持って説明する。そんな藤江を見て、SATの隊員も所轄の捜査員たちも篤い信頼の念を抱く。軍隊でいうなら、兵士が上官に対して「この人の指揮なら生きて帰れる」と付いていくのに似ている。このあたり、警察官の心の微妙な動きを著者はきちんと描いている。
 そんな藤江も、決してオールマイティではない。彼にはない資質を補う者として、一人の情報マンが影の相棒として登場している。かつての藤江の指導巡査で、現在は公安部巡査部長の倉田である。
「倉田はいろいろなところに顔が利いた。不思議なことに、銀座のママから大店のご隠居、デパートの社長から築地の場内の親父さんまで、会う人ごとに『おう!』と手を挙げるだけで済んだ」
 警視庁の公安部には、この倉田のような警察官が実際にいる。階級意識というものを持たず、上下間の絶対は年齢だけ。あらゆる分野の上から下まで幅広い人間関係を築き、世間の風を聞き集め、それが諸組織の大いなる財産になっている。
 僕はこの倉田という男が好きだ。新人の頃の僕も指導巡査のお世話になった。その方とはいまも酒を酌み交わす仲だ。この小説がシリーズ化され、藤江と倉田のコンビのさらなる活躍が読めることを楽しみにしている。

(すぎた・かずひろ 元内閣危機管理監)

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